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Gemstone  作者: 粂原
番外編
77/159

第4章 番外編①

―――――――――――――――――――――――

諸々の都合で本編に組み込めなかったおまけです。

―――――――――――――――――――――――


 嵐のピークが過ぎた後、リューズナードは気を失ったロレッタを軽々と肩に担いで村まで走った。一歩進む度に、水が滴り落ちてくるのが煩わしい。


 背負ったほうが、体勢が安定して動きやすかったかもしれない。けれど、できなかった。彼女の頼りない重さが、荒い呼吸が、熱っぽい体が、病弱だったエルフリーデの姿を思い起こさせる。妹を背負って祖国の街を徘徊していた記憶が蘇り、気が動転しそうになってやめた。


 村では、住人たちが避難所から出て周辺状況の確認を始めていた。畑の冠水、家屋の浸水、飛ばされてきた木片や石材の散乱。パッと目につくだけでも、それなりの被害が出ている。こんな規模の災害に見舞われたのは、村を作ってから初めてのことだった。


 しかし、それでも住人たちに大きく取り乱している様子がないのは、人的被害が出なかったからなのだろう。もちろん、リューズナードも含めてだ。それが叶ったのは、間違いようもなくロレッタと、魔法のお陰である。皆にどう説明したものか、走りながらでは考えがまとまらない。


 とりあえず自宅を目指して走っていた時、たまたま進路上の家屋から出て来たジーナが、リューズナードを見て悲鳴を上げた。雨水やら汗やら泥やらでぐちゃぐちゃの格好に、夜通し動き回って疲労が滲む顔、そしてそんな容貌の男が女性を担いで走っているという絵面が、ひどく猟奇的なものに映ったらしい。


 事情を説明すると、ジーナは呆れた表情でリューズナードに同行し、一時的にロレッタの世話を引き受けてくれた。


「ロレッタは私が着替えさせておくから、あんたも自分の格好どうにかして! 怖い!」


「わ、分かった。頼む……」


 自覚はないが、よほどの見た目をしていたのだろう。鬼気迫る様子で告げられたので、大人しく従った。


 昔、汗をかいた妹の体を拭いて清めてやっていた経験がある為、作業としてはロレッタの世話も引き受けられないことはない。ただ、肉親でもない女性に対してそれをするのは、たぶん良くないことだ。教養はなくとも、そのくらいの常識はさすがに持ち合わせている。同性でしっかり者の仲間に任せておこうと引き下がった。


 かくして、自分の着替えを済ませたリューズナードは、作業を終えて帰って行くジーナに礼を言い、囲炉裏に火を点けて暖を取った。乾いた布団で横になるロレッタの姿に、なんとなく落ち着かない気持ちになってくる。


 魔法国家の王族である彼女が、どんな意図でこの村を救ったのかは分からない。けれど、少なくとも村を救ってくれたことは事実なのだ。リューズナード一人ではどうにもならなかった災害を、ロレッタが食い止めてくれた。その恩には報いなければならない。せめて彼女が回復するまで、静かに休める環境を作ろうと考えた。


 彼女が倒れたのは、体力と、恐らくは魔力も底をついたからなのだと思う。体力は安静にしていれば戻るだろうけれど、魔力はどうすれば戻るのだろう。魔法を使える人間の静養の仕方なんて、リューズナードは知らない。きっと、この村の誰も知らない。


 悶々としながら彼女を眺めていると、玄関の向こう側が俄かに騒がしくなった。小さな足音が二つ、ドタバタと近付いて来る気配がする。


 間もなく、足音が玄関前で停止したかと思うと、建付けの悪くなっていた扉が、頑張って少しずつ開け放たれていった。


「リュー! ロレッタお姉ちゃんは!?」


「れーたんは!?」


「まだ寝ている。静かにしてやれ」


 駆け込んで来たネイキスとユリィの元へ移動し、しゃがみ込んで目線を合わせる。ジーナから他の住人たちへ、ロレッタの様子が伝えられたのだろう。ロレッタにやたらと懐いている子供たちは、焦燥と心配を全面に滲ませた顔をしていた。


 見知らぬ大人に捕らわれ、見知らぬ国へと誘拐され、何日間も幽閉され、拘束された挙句に目の前で魔法を放たれるという経験をしたネイキス。さぞ怖かっただろうに、そんな仕打ちをしてきた国の人間に、どうして懐いたのか。子供の心理はよく分からない。


「ロレッタお姉ちゃん、具合悪いんでしょ? だから、これ! ルワガ!」


「るあが!」


「……?」


 そんなネイキスが、手に持っていた一本の枝を見せてきた。枝の先には白くて小さな花が咲いている。それが以前、ロレッタが採取していたものだと思い出すのに、少しの時間を要した。名前に至っては初耳である。


「……ああ、村の外に生えている植物だな。ルワガという名前なのか」


「そうだよリュー、ルワガ!」


「りゅーあが!」


「俺と混ぜて呼ぶな。これがどうしたんだ? 見舞いか?」


「そうだけど、違う!」


「ぶー!」


「???」


 最初にネイキスがこの花を欲しがったのは、気落ちしているサラを見舞う為だったはず。その名残でロレッタの見舞いに持ってきたのかと思ったが、何やら違うらしい。そもそもこの枝は彼女が取ってきたものなのだから、そのまま彼女へ渡すのは、確かに違いそうだ。しかし、だったら何故持ってきたのだろう。リューズナードは挫けず解読を試みる。


「見舞いじゃないのか? それなら、どうしたんだ。俺にも分かるように説明してくれ。ゆっくりで構わないから」


 優しく言い聞かせるように語りかけると、ネイキスは一呼吸置いてから、たどたどしく話し始めた。


「うんとね……ルワガは果物なんだけど、あんまり美味しくないんだ。でも、それを食べると、元気になるってロレッタお姉ちゃんが言ってた。魔力? が回復するんだって」


「ちょーほーするって!」


「……! 魔力が回復……。あいつが、そう言ったのか?」


「あいつ、じゃないよ! ロレッタお姉ちゃん!」


「れーたん!」


「ああ、うん……あのお姉ちゃんが、そう言ったんだな?」


「そう!」


「そー!」


 知りたかった情報が思わぬところから出てきて驚いた。それが本当なのか検証する術はないが、他に目ぼしい手段もないのだから、用意してみる価値はある。


「……分かった。俺が代わりに渡しておくから、お前たちは絶対に外へは行くなよ。家の手伝いに戻れ」


「「はーい!」」


 ロレッタに目覚める気配がないことを確認すると、リューズナードは子供たちと共に自宅を後にした。

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