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Gemstone  作者: 粂原
終章 原石の村
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第74話

 長いようで、あっという間だった二人の旅が、とうとう終わりを迎えた。終着点にそびえ立つのは、質素な作りの石壁と小さな門。またここへ戻って来られるなんて、思いもしなかった。生家の正門を前にした時よりも、自分の肩の力が抜けている気がする。


 リューズナードが門を開く為に利き手を動かす気配がしたので、邪魔にならないようにとロレッタは繋いでいた手を離した。少しだけ名残惜しそうな目を向けられたものの、すぐに彼は前を向いて門へ手をかける。ギギギ……と頼りない音を立てながら、手作り感溢れるそれが開かれていった。


 たまたま近くにいた住人たちが、突然門が開いたことに驚き、怯え、身構えた姿が目に入る。しかし皆、その先に見知った顔があると気付くと、途端に「あーー!!」と声を上げて駆け寄って来た。こうして住人たちに取り囲まれるのは、初めてこの村にやって来た日以来だ。


 どんどん増える住人たちが、遠慮の欠片もなく口々に喋り出す為、誰が何を言っているのかほぼ聞き取れない。隣でリューズナードも眉間に皺を寄せている。


 最も明朗だったのは、下から届いた元気いっぱいな声だった。


「おかえりなさい!」


「おかーりなたい!」


 リューズナードがスッとその場に片膝を着き、二人の頭をわしゃわしゃ撫でながら応える。


「ああ、ただいま」


 声も表情も、途方もなく穏やかで、やっぱり彼には平和が似合うな、と実感する。この村には彼の愛するものが、生きる理由が詰まっているのだ。そこへ足を踏み入れることを許してもらえたのかと思うと、なんだか無性に泣きたくなった。


 胸を抑えてその光景を眺めていたら、リューズナードがくるりと振り向いた。


「おい、お前にも言っているんだぞ」


「え?」


 よく見れば彼だけでなく、子供たちも大人たちも、一様にロレッタを見詰めていた。あれほど賑やかだったのが嘘のように静まり返っている。


 ロレッタはおろおろと辺りを見回して、俯いて、小さく深呼吸して、緊張しながら口を開いた。


「……あの…………た、ただいま、戻りました……」


 魔法を使える余所者の自分が、こんな大それたことを口にして良いのだろうか。自惚れるな、と叱られやしないだろうか。心臓が嫌な音を立てる。


 そんなロレッタの不安など意にも介さず、住人たちは一斉に笑った。


「「おかえり、ロレッタちゃん!!」」


「!」


 王宮では一度も言われなかった温かな言葉に、また鼻の奥がツンとしてくる。リューズナードも変わらず穏やかな表情を浮かべていた。


 ロレッタは、この村へ帰って来たのだ。そして、これから何度でも、ここへ帰って来て良いのだ。心からそう思うことができた。


「ねえ、リュー。確認したいんだけど」


「なんだ」


 住人の一人が、リューズナードに声をかけた。リューズナードも立ち上がって相手に目線を合わせる。


「あんた、ちゃんと仲直りしたから二人で帰って来たのよね? 離婚報告とかやめてよ?」


「当たり前だろ。……あー……だが、話しておきたいことがある」


「え!? ちょっと、何、怖いんだけど……」


 ざわつき始める住人たちへ、リューズナードは水の国(アクアマリン)との連絡手段の件を説明した。通信機はともかく、郵便物の配達を担当するのは魔法国家の人間である。事前に説明しておかなければ、万が一にも出くわした際に住人たちを怯えさせてしまう。旅の道中で話し合って決めたことだった。


 当初の契約やロレッタの出自については伏せているので、だいぶぼんやりした説明になってしまっているが、納得してもらえるのだろうか。


 ぎこちない説明が終わると、住人たちは何故か呆れたような視線を彼へと向けた。


「……つまり、出て行った奥さんを連れ戻しに行って、義実家と揉めたわけね? それで、あんたはもう信用できないから、ロレッタちゃんと直接連絡が取れる手段を作るよう言われた、と」


「……まあ……そう、だな。たぶん……」


 語弊があるとも言い切れない要約に、リューズナードが歯切れ悪く返す。味方になってやりたかったものの、王宮での一幕を思い返せば、あれは確かに「揉めた」と言わざるを得ない。その上、父と姉が彼を信用していないのも、また事実。夫を上手に庇える言葉を、ロレッタは見つけられなかった。


 あちらこちらから溜め息が聞こえる。やがて、輪の中から別の住人が尋ねてきた。


「でも、そんなのを受け入れてでも、お前はロレッタちゃんに戻って来てほしかったんだよな?」


「……ん」


 リューズナードが、こくりと首肯する。


「ロレッタちゃんも、自分の意思で戻って来てくれたんだろ?」


「は、はい! もちろんです!」


「ふうん。だったら、いいんじゃねえ?」


「!」


 誰からともなく顔を見合わせ、住人たちが皆、頷いた。そして間もなく、思い思いの野次を飛ばし始める。


「お前に器用な人付き合いができるなんて、誰も思ってないから安心しろ。と言うか、この程度で許してもらえて良かったな」


「そうね。こんなに柄の悪い輩に大切な娘を預けるんだから、それくらいしたくなるわよね……」


「郵便受けを設置する場所と、配達に来るタイミングだけ教えておいてもらえれば、俺ら近付かねえし。義実家とも、ロレッタちゃんとも、仲良くやれよ」


「ロレッタちゃん、ごめんね。リューがまだまだ迷惑かけると思うけど、見捨てないであげて?」


 再び喧騒が広がり、圧倒されるロレッタ。隣のリューズナードはムスッとした顔をしている。野次の内容が不服なのかもしれない。ただ、言葉の端々に彼の幸せを願う響きが含まれているのを感じて、ロレッタは温かい気持ちになる。

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