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Gemstone  作者: 粂原
終章 原石の村
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第73話

 二つ目の宿にも別れを告げて、ロレッタたちを乗せた馬車は今日も走り出す。


 しばらくは、前日までと変わらないペースで進んでいたものの、途中からやや速度が落ち始めた気がした。荷台へ伝わるガタゴトという振動も大きくなってきている。舗装された道路がなくなり、森の中へ突入したのだ。国を離れ、ここからさらに三日。車中泊も含めた旅が待っている。ロレッタは、ふぅ、と小さく息を吐いた。




 森へ突入して三日目の朝。馬車の運転手が、地図と方位磁針を交互に睨みながら、現在地の把握に努めている。目印になる建造物など一つも無いので大変だろうと思う。窓の外には、草木と土しか見当たらない。


 そんな様子を目にしたロレッタは、ふと訊きそびれていたことがあったのを思い出し、目の前の彼に尋ねてみた。


「リューズナードさんは、前回も今回も、どのようにして水の国(アクアマリン)までいらしたのですか?」


 前回、即ちネイキスの救出に来た際に引き続き、今回もまた彼は旅支度らしい物を所持していない。あの村では移動手段を手配することはできないのだし、結局どうやって移動していたのだろうか。


 ふわふわしていないリューズナードは、あっけらかんと答えた。


「ああ。前回は、お前の姉が迎えの馬車を寄越してきたんだ。そもそもの目的が、俺との交渉だったわけだからな。余計な時間をかけたくなかったんだろう。今回は自力だ」


「自力……? 徒歩でいらした、ということですか……!?」


「可能な限り走りはしたが、さすがに時間がかかったな」


「…………」


 まさか、とは思っていたが、どうやら本当にその身一つで森を抜けて来たらしい。返答に困る。


 元からそれなりにワイルドな生活をしている彼なので、食料や寝床は最悪、現地でどうにかできたかもしれない。しかし、現在地や進むべき方向を知る手段については、事前の用意が要るはずだ。ただでさえ何日もかかる距離なのに、手掛かり無しで他国までたどり着けるわけがない。


「ええと……道に迷われることはありませんでしたか?」


「……お前の姉が言っていた通り、俺は昔、炎の国(ルベライト)の兵として戦場に出ていたんだ。大陸中を駆け回っていたせいか、地理感覚は人並みになった。道は一度通れば大抵覚えるし、方角も距離も見失わない」


「……左様ですか……」


 たった一往復しただけで、目印のない森や見知らぬ敵地を数日跨ぎで迷わず突っ切れるようになるなど、人並みと呼んで良いレベルを遥かに超えている。


 俄かに信じ難い話ではあるものの、言われてみると、海の場所を教わった時も、突然尋ねたにも関わらずやたらと正確な位置情報が返ってきた。地元の人間だから周辺の地理を熟知していたのだと思っていたが、それだけではないようだ。


 苦手なことも多い一方、得意なことは、ずば抜けて得意。そんな尖った性能の持ち主なのだろう。改めて、自分とは全くタイプの違う人だな、としみじみ思うロレッタである。


「……それでは、あとどのくらいで村へ到着するのかも、お分かりになるのでしょうか?」


「そうだな……最短で戻れる道からは外れているが、進む方角は間違えていない。今のペースのままなら、日が暮れる前には着くだろう」


「……承知致しました、ありがとうございます」


 窓の外を一瞥し、すんなり答えるリューズナード。同じように窓の外へ目を向けてみたが、代わり映えのない景色が流れているようにしか見えない。現在地がどこで、どの方角へ進んでいるのか、さっぱり分からない。しばらく外を眺めていたが、やがてロレッタは考えることを放棄した。




 それからさらに数時間、何をするでもなく静かに揺られていると、ようやくロレッタでも見覚えのある道に差し掛かった。ルワガの群生地や太い川、そして遠くには石でできた壁が見える。日差しのピークは過ぎたが、日没には早い時間帯だ。


 馬を休ませてやらなければならないタイミングでもあった為、運転手に声をかけて馬車での送迎を終了してもらった。残りは徒歩でも問題ない。それに、村の近くで停車させると住人たちが怯えてしまう。馬と運転手に礼を言い、二人は森の中を歩き出した。


 馬の足や車輪でも走行できる、開けた平らな道のり。服の裾が引っ掛かるような障害物もなく、比較的楽に歩くことができる。


 地面がしっかり足を押し返してくれる感覚と、半歩前を歩くリューズナードの背中で、ロレッタはここがルワガの花を採取した帰りに通った道であることに気が付いた。


(……あら? そう言えば……)


 あの時彼は、ロレッタが朧気な記憶を頼りに進んだ道よりも、こちらの道のほうが村に近い、と言っていた。しかし、先ほど馬車の中で、最短ルートからは外れている、とも言わなかったか。早く帰りたいはずなのに、どうしてこの道を選ぶのだろう。


「あの、こちらでよろしいのですか? 最短の道ではないのでは……?」


 不思議に思って尋ねてみると、顔だけ振り向かせたリューズナードが、さも当前であるかのように言ってきた。


「? こっちのほうが、お前が歩きやすいかと思って」


「……!」


 恐らく彼は、以前この道を通った際に同じ質問をされているということを、覚えていない。今とは違う答えを自身が放っていたことも。ただ、彼がこの道を選んだ理由は、あの時も今も同じなのだろうなと思う。


 警戒するべき監視対象だったにも関わらず、ドレスもパンプスもボロボロにしていたロレッタを見かねて、歩きやすい道へ誘導してくれていたのだ。


(……初めからずっと、優しい人だったのね)


 怖い人だと思い込んで見逃してきたことが、きっと他にもたくさんある。知らないままでいるのは申し訳ないし、もったいない。たった一つ知るだけで、こんなにも胸が甘く高鳴るのだから。


 もう何も取り溢さないよう、ロレッタは彼の右手と自分の左手をそっと繋いだ。


「!? ……なん、だ」


「はぐれないように、と思いまして。……ご不快でしたか?」


「……置いて行くつもりなんてなかったが、………………別に、構わない……」


「ふふふ、ありがとうございます」


 自分発信の言動であれば、さほど照れもしないのに、人からされると反応に困るらしい彼が、また可愛く見えてしまう。優しさだとか、愛情だとか、そういう類のものを受け取り慣れていないのだろう。


 仲間たちからもたくさん与えられてきたのだろうけれど、これからは自分も、彼に何かを与えてあげられるようになりたい。すでに本人が溺死寸前の心持ちであることなど露知らず、ロレッタはそんなことを思うのだった。

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