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Gemstone  作者: 粂原
第12章 契約破棄
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第71話

 眉間に深々と皺を寄せたグレイグから声がかかり、ハッと我に返る。


「真に無礼な男だな。斯様な者に、斥候部隊も、アドルフの奴も負かされたのか? 兵たちの修練も見直しが要りそうだ。……して、小僧。お前の中に、水の国(アクアマリン)へ侵攻する意思はあるか」


「……お前たちから干渉してこない限り、ない」


「他所の国へ与する意思は」


「ない」


「左様か。ではその言葉、私への誓いとするがいい。もし破るようなことがあれば、次は最初から私が相手をしてやろう。弱り果てたこの身では物足りぬかもしれないが、なあに、案ずるな。特別、お前を殺すことだけに、残りの心血全てを注いでくれようぞ」


 リューズナードがグレイグに勝てないだろうことは、先ほど証明されたようなものだ。そんなグレイグが、次は自身の命を懸けてでも本気で仕留めに来ると言う。そうなった場合、仮にロレッタが一緒に戦ったとしても、対抗できるか分からない。王たる素質にも様々あるが、取り分け父は武力に秀でていることを、ロレッタは知っている。


「……村は」


「ん?」


 リューズナードがグレイグを睨んだ。


「俺のことはどうでもいい。村は、どうなる」


「……ああ、ロレッタが世話になっているという集落か。あの集落が存続していようと、取り潰されようと、大陸の勢力図には欠片も影響が出ない。お前への脅迫以外に、主立った使い道はないわけだが……しかし、そのようにして交わした契約も、結局、お前は破ってここへ来たのだろう? であれば、別の脅迫が要るな」


「……?」


「あの集落のことは放っておいてやっても構わんぞ。ただし、約束一つ守れない不義理な男に、ロレッタ(むすめ)はやらん」


「!!」


「お前が私との誓いを破った暁には、ロレッタを水の国(アクアマリン)へ強制送還し、その後はお前とも、集落とも、一切関わらせない。乗り込んで来ても構わんが、その時は私が相手になってやる」


(え……え?)


 父による新たな脅迫に、ロレッタは目をぱちくりさせる。


 リューズナードに対する交渉材料が、村から自分へ変更されるらしい。そんなもの、脅しになるのだろうか。彼は仲間たちを何よりも大切にしているのだから、その仲間たちに危害が及ぶ可能性がなくなる以上、従う理由もないのではないか。自分に彼の行動を抑制できる価値などあるのか。いやでも、彼は村の危険を承知で今ここに居るわけで……もうよく分からない。


 それに、「強制送還」ということは。


「あ、あの……お父様。私は今後も、村で生活して良いのでしょうか……?」


 そもそも、ロレッタがあの村で暮らすことになったのは、それが契約の一部に組み込まれていた為だ。その契約が上書きされるのであれば、村に居る必要性もなくなる。ロレッタ自身は帰りたいけれど。


「もちろん、王宮が良ければこちらへ戻って来るでも一向に構わんさ。斯様な男など、路傍にでも捨て置け。無理に軍務へ参加する必要もない。……お前はどうしたいのだ? ロレッタ」


「私は…………お許しいただけるのであれば、村での生活を続けたいと考えております。魔法を使える私が、魔法を使えない人々の為にできることは何なのか、探していきたいのです」


 村の住人たちから教えてもらう世の中の実情は、どれも壮絶だった。華やかな世界しか知らなかったロレッタはやはり、紛うことなき世間知らずである。もっともっと、世の中を知りたい。そして住人たちの、リューズナードの役に立ちたい。それらを叶えるには、王宮に閉じ籠っているだけでは駄目なのだ。


 グレイグが、青白い顔を少しだけ綻ばせた。


「……ふむ、結構。お前の口から、自分のやりたいことが聞けるとは、嬉しい限りだ。成長したな。心行くまで、存分に見聞を広めてくるといい。……男のもとに泊まる、というのは腑に落ちていないが……先ほどから見ていれば、どうやら小僧の一方的な押し付けでもないようだしな……」


「え」


「して、小僧。お前の返事を聞いていないが? 水の国(アクアマリン)へ危害を加えぬこと、並びに他所の国へ不用意に肩入れせぬことを、私に誓え。誓えぬなら、今後一切ロレッタとは関わらせんぞ」


「……………………分かった」


「え、え」


 これまでの行動からロレッタの気持ちを悟ったらしいグレイグと、よく分からない条件の誓いを不本意そうに承諾したリューズナードの顔を交互に見て、再びおろおろするロレッタ。何やら、男たちの間では話がまとまってしまったようだ。


「よろしい。これで納得してくれるか? ミランダよ」


「……いいえ。その男は、私と正式に交わしていた契約を、不遜にも破ったのです。信用なりませんわ」


 ミランダに非難するような目を向けられ、リューズナードがそっぽを向いた。まだミランダとは折り合いが悪いらしい。姉の怒りも尤もではあるが、恐らくリューズナード側も、ネイキスの件を許してはいない。


「ふむ、確かに。愛するミランダ(むすめ)を裏切った罰は、与えねばならんな。しかし、ロレッタがあの集落で暮らしたいと申しておる以上、取り潰すわけにもいかぬか。…………相分かった。ならば、これでどうだ? 小僧、お前の集落に、水の国(アクアマリン)との連絡手段を常設しろ」


「連絡手段?」


「そうだな……ロレッタに通信機器を持たせるのと、文のやり取りができるよう郵便受けでも設置しておけば良い。王宮から集荷用の人員を向かわせる」


「ふざけるな! 魔法国家の人間に出入りされたら、仲間たちが怯える!」


「ふざけておるのは、どちらだ?」


 グレイグが、リューズナードへ向けて右手をかざす。命を握りつぶす為の魔法を使う構えだ。


「王家の人間と交わした契約を反故にしておいて、なんの咎めもなく帰れると思うなよ」


「っ…………」


「誰も、集落の中に用意しろ、とは言っておらんだろう。敷地の外れ、お前かロレッタが管理できる場所であれば良い。不審な動きがあれば、ロレッタを通してこちらへ逐一報告させる。それで良いか、ミランダ」


「…………それでしたら……承知致しました……」


 まだどこか不服そうではあるが、ようやくミランダが引き下がった。


 直接的な関わりではないものの、村に外の国と連絡を取る手段が確保される。それは、住人たちにとっては、やはり恐ろしいことなのだろうか。ロレッタには上手く想像できない。


「娘に間者の真似事をさせる気か」


「察しの悪い男だな。こんなもの、ただの建前よ。独り立ちした娘の近況が聞きたいだけさ。……それに、ロレッタが間者に成り下がるかどうかは、お前次第だろう。不審な動きなど、しなければ良い話だ。精々、私たちを信用させてみろ」


「………………チッ。分かった」


「殺してやろうか。愛しい娘に、お前のような男を連れて来られる私の身にもなれ、まったく。ストレスで体調が悪化しそうだ、私はもう休む。迎えは出してやるから、さっさと出て行け、無礼者」


 そう吐き捨てた父は、見たことがないほど露骨に不快そうな顔をしていた。

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