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Gemstone  作者: 粂原
第12章 契約破棄
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第70話

 難しい表情で話を聞き終えたグレイグは、ミランダに書類を持ってくるよう指示した。


「……どうなさるおつもりですか?」


「いいから、早く持ってきなさい」


 有無を言わさぬ口調で告げられ、ミランダが仕方なく自室へ戻ろうと動く。が、乱雑に脱ぎ捨てたパンプスのヒールが壊れていることに気付いた彼女は、父の横で待機していた兵士の一人に保管場所を伝えて、代わりに取りに行かせた。


 数分かけて戻って来た兵士から、件の契約書と婚姻届けを受け取り、再び難しい表情でそれらを眺めるグレイグ。ようやく呼吸が落ち着いてきたリューズナードと共に、ロレッタも緊張しながら様子を窺う。


「……おい、小僧」


 やがて、顔を上げたグレイグが、リューズナードへ視線を移した。


「お前は先ほど、水に限りなく近い性質に化けた私の魔力を飲み込んだのだ。その体、もはや私の指先一つで、どうとでもなる。下手な抵抗は考えないことだ」


「……!」


 ロレッタは息を呑む。


 それは、ロレッタが川の水を転移させたのと同じ。自然に存在する水へ自身の魔力を流し込んで支配下に置く、水の国(アクアマリン)の王族だけが使える強力な水魔法である。


 成人男性の体のおよそ六割は水分で構成されているという。その水分の循環を狂わされたら。あるいは、全て体外へと転移させられたら。きっと、一溜りもない。


 人間に魔力を飲ませて内側から壊す、だなんて、考えたこともなかった。そんなことを当たり前に提案し、あまつさえ、いざとなれば本気で実行するのだろう父を、初めて恐ろしいと思った。


「改めて問おう。お前はここへ、何をしに来た?」


 少しでも答え方を間違えれば、死が待っている。自分が回答を求められたわけでもないのに、ロレッタは手が震えた。


 すると、その手にリューズナードの手が重なった。大丈夫だ、とでも言うように、優しく包み込んでくれる。


 そのまま彼は、毅然とした態度で言い放った。


「……ロレッタを連れ戻しに来た。戦場へなんて行かせない。どこへも、行かせない」


 グレイグの目が、スッと細められる。


「ほう……。その為に、魔法の使えない身でありながら、単身ここまで乗り込んで来た、と申すか。そのような(なり)になってまで?」


「だったら、なんだ」


「…………ふむ」


 ひとまず、魔法を使う素振りは見せないまま、グレイグが今度はミランダへ目を向ける。


「ミランダ」


「……はい」


「この契約は、お前がこの国の為に必要なものだと判断し、取り付けたのか?」


「可能性のお話ですわ、お父様。水の国(アクアマリン)の外敵が増える可能性が万に一つでもあるのなら、事前に万全の対策を講じておくのは当然のことです」


 ミランダもまた、毅然とした態度で答えた。


 彼女は常に、「水の国(アクアマリン)を守りたい」という一心で行動している。それ自体はなんら問題ない。ただ今回は、その為の手段や考え方がロレッタたちとは合わなかった、というだけだ。互いに譲れない信念を、戦いを通じてぶつけ合うしかなくなってしまった。悲しいことだな、と今さらながら思う。


 両者の言い分を聞いたグレイグが、ふう、と息を吐く。そして、


「……そうだな。お前の考えが間違えているとは思わない。しっかり者に育ってくれて嬉しいよ。…………だがな、ミランダ」


 手にしていた書類を、ぐしゃり、と握り潰した。


「私は、愛する娘を差し出してまで、こんな約束をしておきたいとは思わないのだよ」


「!」


「この身が病に侵されてからというもの、国や王家を支える負担をお前一人に背負わせてしまっていたな。申し訳ない。これから少しずつ、共に政策を見直していこうか」


「い、いえ……ですが、お父様……!」


 例え病床に臥していようとも、この国の現王はグレイグだ。政治も軍議も、最も強い決定権は彼にある。ミランダはあくまでも代行に過ぎない。彼が「白だ」と言えば、この国のあらゆるものが瞬く間に白く染まる。


 息災だった頃よりグレイグは、心から水の国(アクアマリン)と、家族を愛していた。妻を何よりも大切に想っていたし、ミランダとロレッタのことも兵士たちに呆れられるほど可愛がってくれていた。


 冷静に考えれば、自他共に認める子煩悩の父が、政治の為に娘を嫁がせることなど、許すとは思えない。ロレッタの結婚はミランダの独断で、しかも父には報告していなかったのだろう。久しぶりに起きたら娘が嫁に行っていた、なんて、病で気力を奪われていなければ怒り狂っていた可能性すらある。


「約束がなければ不安か? ならば、お前に代わって、私が直々に言い付けておいてやろうか。……小僧」


「…………」


「返事くらい寄越したらどうだ。それと、娘の手を放せ。不快だ」


「嫌だ」


「殺すぞ」


「知るか」


 一国の王を前にしても全く態度を改めないリューズナードに、ロレッタのほうがおろおろしてしまう。彼の身を案じてやんわり手を外すと、何も言わずに悲しそうな目で見詰められた。心が痛み、指の先同士をほんの少しだけ触れ合わせれば、ホッとしたように目元を和らげる。


 殺す、と脅されても平気な顔をしている癖に、ロレッタの些細な行動で簡単に心を動かし、さらにそれらが余すことなく表情や態度に表れる彼を、場違いながらも愛おしいと感じた。

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