第68話
余計に増した混乱が怒りへとすり替わったのか、手元の光が強まっていく。
「意味が分からない……でも、あんたのやったことは、紛れもない契約違反だわ! お望み通り、あんな村、沈めてやる! こちらだって兵士を潰されているのだから、文句なんてないわよね!?」
リューズナードが、スッと目を細めた。
「……俺の用は済んでいる。本来であれば、もう戦う必要はなかったんだがな。お前が今の言葉を撤回しないなら、俺はここで、お前を斬らなければならなくなる」
「勝手なことばかり抜かさないでくれる!?」
「先に勝手を押し付けてきたのも、お前のほうだ。責められる筋合いはない」
「非人ごときが、王族に勝てると思っているの?」
「……勝つのは無理かもな。だが、安心しろ。どんな手段を使ってでも、道連れにしてやる」
刀を鞘から引き抜き、その先端を真っすぐミランダへと向ける。ミランダの右手も、真っ直ぐリューズナードへと向けられていた。自分勝手な二人の言い合いに、ロレッタが口を挟む余地などない。
「……殺す!」
ついにそう吐き捨てたミランダが、手元の魔力を矢じりの形に変えて放射した。以前、脅しに使っていたものと見た目こそ同じだったが、威力は段違いだ。バズーカのような弾速のそれが、リューズナードの脳天を目掛けて直進していく。
リューズナードがロレッタを横へ突き飛ばして射線から外させ、自身も反対側へ跳ねて躱す。矢じりは壁に激突するかに思われたが、寸前のところで急激に減速し、リューズナードを追尾するように進路を変更した。
「!」
襲い来る気配を悟って再び躱すも、何度でも進路を変える矢じりを振り切れない。リューズナードが眉を顰めている。
右手をかざしたまま、ミランダが自身の左足で強く床を踏み鳴らした。すると、たちまち謁見の間の床が青い水で埋め尽くされる。ロレッタの膝までが一気に沈んだ。武具の創造や、単発の遠距離攻撃といった小細工ではない。周辺一帯の環境ごと操作してみせる、王族由来の魔力量の成せる業。
靴も衣服も水を吸い込んで重くなり、リューズナードの機動力が低下する。それでも懸命に矢じりの追尾を躱していたが、ミランダが左手で新たに放ってきた衝撃波は避けきれず、肩を、腰を、足を掠めた。青い水面に、血が滲んでは流されていく。
このままでは、いつか致命傷を食らいかねない。そう判断したらしいリューズナードが、自身の正面にミランダの姿を捉え、真っ直ぐ突っ込んで行った。多少の傷は構わないという覚悟で、バシャバシャ音を立てながら床を蹴る。
射線に自身も入った為か、ミランダが矢じりの放射をやめた。衝撃波を何発か撃ち込んで、それだけでは敵を止められないと悟ると、素早く魔力を練り直し、手元に青い薙刀を生成する。同時に、ヒールの高いパンプスを鬱陶しそうに脱ぎ捨てた。
勢いを付けて切り込んだ白刃と、それをしっかり受け止めた薙刀が、ガキン! と派手な音を響かせる。純粋な力勝負であればリューズナードが圧勝しただろうけれど、足元が悪いせいで体重を乗せ切れていない。一方、ミランダは自身の足元にだけは水を張っておらず、全身を存分に活用できている。結果、互角の競り合いが発生した。
「……少し、お前を見縊っていた。王族なんて、どこも偉そうにふんぞり返っているだけの飾りだと思っていたが……」
「炎の国の王族のお話かしら。あんな腑抜けた男共と、同列に扱わないでいただける? ……私は、使えるものはなんでも使う。兵士でも、妹でも、自分自身でもね!」
ミランダの咆哮に合わせるように、床を覆う水が青く輝き出す。そして間もなく、あちらこちらから先端の尖った水柱が生えてきて、一斉にリューズナードへと襲い掛かった。
「っ!」
危険を察して、リューズナードが回避行動を取ろうとしたが――。
――バシャン!
青い柱の全てが、彼の背を貫く寸前、床の水ごと一気に弾けて消失した。
ロレッタが自分の魔力を注ぎ込み、ミランダの魔法を相殺したのだ。
「!?」
ミランダが驚いて目を見開く。足元に水の抵抗を感じなくなったリューズナードは、体重を乗せて半歩踏み込み、重心を前へ移動させながら、思いきり刀を振り抜いた。力負けしたミランダの体がふっ飛ばされ、玉座の横を通過して転がる。
咄嗟に受け身を取って着地したミランダが、すぐさまリューズナードへ向けて衝撃波を打ち込んだ。軽快な足取りでそれらを躱すと、彼は部屋の中央まで後退して来た。
「ロレッタ、お前……!」
ミランダの鋭い視線が突き刺さる。
人を撃つのは、怖い。けれど、かつて姉が言っていた通り、魔力を放出し続けるだけならばロレッタにもできる。そして、ロレッタがこの力で守りたいと思うものは、もう姉ではなくなっていた。
怒るミランダを、真っ直ぐに見詰め返す。
「……私は、私にできないことをいくつも成し遂げてきたお姉様を、尊敬しております。現在の水の国の発展は、お姉様の尽力によるところが大きいことも理解しております。……ですが、貴女がリューズナードさんや、あの村の皆様の敵になるのなら……私にとっても、貴女は敵です。全ての民を平等に愛せない方に、これ以上従うつもりはありません……!」