第67話
前を歩いていた兵士たちが、王宮の正門前で立ち止まり、二人に道を譲った。そもそもロレッタが居るので、先導は必要ない。勝手に行け、ということだろう。
王宮内で何人もの警備兵とすれ違ったが、誰も襲い掛かっては来なかった。ただ、皆一様に憐れむような視線を向けてくる。この先で何が待ち受けているのか、想像するのも恐ろしい。
すれ違う警備兵を一瞥したリューズナードが、ふと、ロレッタへ視線を向けた。ロレッタと言うより、ロレッタの着ている装束を見ている。
「……お前、本当に戦場へ出るつもりだったのか?」
どうやら、兵士たちと揃いの装束を纏っていることが気に入らなかったらしい。眉間に皺を寄せる彼に、ロレッタはミランダとの交渉内容を語って聞かせた。
話し終える頃には、眉間の皺が一段と深くなっていた。
「碌でもないことしか言わないな、お前の姉は。今さらだが、本当に血縁者か?」
「は、はい。間違いなく私の姉です……」
似ているところはほとんどないが、同じ両親の下に生まれ、同じ家で育てられた、正真正銘の姉妹である。二人の血縁を疑う声は、王宮へ来る客人たちからも、出来の悪いロレッタを見下す意味で囁かれたことがあった。けれど、リューズナードが口にする言葉はそれらと違う響きを持っていて、暗い気持ちにはならない。
「お前を戦わせたくなどないが、どうしてもその意思があるのなら、俺を殺すのではなく、俺と一緒に戦ってくれ。村の奴らの為に」
「……! よろしいのですか……?」
「勝手に出て行かれるよりはマシだ。……俺の手が届くところに居ろ」
「はい……っ」
頑なに一人で戦おうとしていた彼が、隣に立つことを許してくれた。居場所を奪おうとしているわけではないのだと、ようやく伝わったのだろうか。
そんな話を挟みつつ、とうとうたどり着いてしまった、謁見の間。荘厳な扉が、いつもと変わらずそこに聳え立っている。周りに兵士の姿は一つもない。
緊張するロレッタを他所に、リューズナードが何食わぬ様子で扉を開こうと手を伸ばした。が、直前でその手がピタリと止まる。みるみる険しい顔になったかと思うと、突如、ロレッタの腕を引いて廊下の端へ追いやった。
「下がれ。後ろに居ろ」
「え、あの……?」
ロレッタを庇うように前へ立ち、険しい表情を貼り付けたまま、彼は自身の右手で作った拳を扉に叩き付けた。
――ガッ!
すると、
――ドゴォ!!!!
内側から強大な青い光が一直線に放射され、荘厳な扉を消し飛ばした。バラバラになった扉の残骸が、遠くの床に散らばっている。一般の兵士に許される行いではない。
間違いなく、ミランダが怒り狂っている。
「行くぞ」
「はい……」
青い光が消失したのを見届けてから中に入れば、そこには玉座の前で仁王立ちし、右手をロレッタたちへ向けるミランダの姿があった。彼女の美しい瞳には、並々ならない嫌悪と憎しみが宿っている。まるで、初めて会った時のリューズナードのように。
「……やってくれたわね、リューズナード・ハイジック……!」
ロレッタでさえ聞いたことがないような、強い怒気を含んだ声音。一人であれば決して立ち向かう勇気など持てなかっただろう。一方、隣の彼には、やはり全く怯む様子がない。前回と同じく、勝手に部屋の中央まで歩いて行った。
「さっさと用件を言え。ないなら帰る」
「ふざけないでよ! 他の国が、どこも戦闘態勢を整えているこの時に、兵士の一部を使い物にならなくしてくれて……っ! ……目的は何? 何しに来たのよ、あんた!? 答えなさいよ!!」
再び手に青い魔力を滞留させながら、ミランダが怒鳴る。契約の取り付け自体は横暴で一方的だったものの、一応、彼女はその契約を今日まで守っていた。それなのに、いきなり殴り込まれて、暴れられて、混乱するのも無理はないのかもしれない。ロレッタだって困惑したくらいなのだから。
「盗られたものを、取り返しに来ただけだ。それ以外で、俺がこんな所へ来る理由なんてない」
「なんの話よ!?」
「こいつの話だ」
リューズナードが目線の動きでロレッタを指し示した。ミランダの表情がさらに険しくなる。
「何を言っているの……? あんたにとってロレッタは、無理やり押し付けられた厄介者のはずでしょう? わざわざ引き取ってやったのに、何が不満なのよ!?」
「寄越してきたのはお前のほうだろ。受け取った以上、もう俺のものだ。勝手に触るな」
「は……?」
ロレッタを、自主性のない役立たずだと思っていたミランダには、想像できなかったのだろう。王宮での閉じ籠り生活にも異を唱えないような妹が、突然放り込まれた見知らぬ僻地で、現地の人々と真っ当な関係性を築けるなんて。そしてそれが、魔法国家へ反逆する意思を持たない男に、武器を取らせる理由になるなんて。