第63話
自分を囲っていた兵士たちが全員地へ沈み、周囲の見晴らしはだいぶ良くなったが、まだ障害物は残っている。口で忠告を促したところで、道を譲ってはくれないだろう。軽く息を整えてから、修練場の中央部まで進んだ。
入口付近に広がる惨状を見て、アドルフが忌々しそうに眉を顰める。
「……やはり、人間ではないな。化け物め……っ」
「討伐でもしてみるか? 人間風情にできるならな」
仲間たちを傷付ける連中を人間と呼ぶのなら、自分は非人でも、化け物でも構わないとリューズナードは思う。同じ扱いなんて、されたくない。こちらから願い下げだ。
「一体、なんのつもりだ? あの村を見捨てる気か」
「そんなはずがないだろう。用事が済めば、すぐに帰る。だから、どけ」
何時ぞやのように、アドルフがリューズナードへ向けて槍を構える。
「王女殿下には指一本触れさせない。ウィレムス王家の治める神聖な地を踏み荒らす逆賊は、ここで始末する」
後ろでロレッタを囲っている兵士たちも、一斉に臨戦態勢をとった。ロレッタは怯えた目をしている。その目が映しているのは、武器を構える兵士たちなのか、多くの兵士たちを一人で捻じ伏せたリューズナードなのか。なるべく怯えさせないようにと切り殺すことまではしなかったが、無駄だったのかもしれない。
「団長、加勢しますか?」
「必要ない。数の優位が、そのまま戦力の優位になるわけではないことは、見ていて分かっただろう。お前たちは確実にロレッタ様をお守りしろ」
「はい!」
ここが開けた屋外であれば、アドルフを囮にロレッタを遠くへ避難させる、といった作戦行動も取れたはずだ。しかし、この建物で唯一の出入口はリューズナードの後方にある。みすみす逃がしてやるつもりはない。
残りの兵士もまとめてかかってきてくれたほうが楽だったが、一対一で挑んでくるつもりなら、それでも別に構わない。団長と呼ばれているあたり、他の兵士よりは多少腕が立つのだろう。負ける気など全くしないが。それに、
(俺のほうが、強い)
ロレッタの前で、他の男に負けたくない。
ほぼ全ての住人に対して敬称を付け、過剰なほど丁寧な口調で話す彼女が、目の前の男に対しては少しだけ、ぞんざいな話し方をしていた。家臣なのだから当たり前だったのかもしれないが、なんだか親しげに接しているようにも見えて、あまり良い気はしなかった。そんな男になんて、絶対に負けない。どの戦場でも感じたことのなかった意地のようなものが、刀を握る手に力を込めさせる。
真っ直ぐリューズナードの心臓を捉えていた槍の穂先が、強く光り輝いた。そのまま、その場でアドルフが袈裟斬りするように槍を振り下ろすと、斬撃の圧が魔力を帯びて形を成し、リューズナード目掛けて飛来する。先ほどの兵士たちが使っていた衝撃波よりも数段、速い。
だが、目で追えない速度ではない。しっかり捉え、横に跳ねて躱した。青い斬撃が軌道上の終点である壁に激突し、分厚い特殊素材をバラバラに粉砕する。あんなものを生身で受ければ、一溜りもない。生かして捕らえる気も、話を聞く気も、完全に失くしたようだ。
息つく暇もなく、次々と斬撃が放たれる。縦に、横に、斜めに、十字に、様々な向きや角度で襲い来るそれらを、負けじと縦横無尽に跳ね回りながら躱した。もちろん、後ろへは下がらない。少しずつ、しかし確実に、ジリジリと間合いを詰めていく。
やがて、アドルフとの距離が十メートルを切ったところで、リューズナードは一層力強く床を蹴り、一気に懐へ飛び込んだ。左から右へ、水平に刀を振り抜く構えをとる。
すると、それまで大きく槍を振るっていたアドルフの動きが一瞬だけ止まり、すぐさま穂を突き刺す動きに変わった。顔面に向かって迫り来る凶器へ、自ら突っ込んで行くかのような動勢になる。
瞬時に首を傾けて凶器から逃れた。しかし、重心が流れたことで力を入れ損ない、攻撃の体勢が崩れる。一度踏みとどまってから、上段の構えで素早く刀を振り下ろしたものの、難なく受け止められてしまった。
リューズナードが刀を振るえば、アドルフがそれを槍で跳ね除け、アドルフが槍を突き刺せば、リューズナードがそれを刀で受け流す。ガキン! ガキン! と、激しい轟音を修練場いっぱいに響かせながら、一進一退の攻防が続いた。
再び、鋭い槍が顔目掛けて突き出される。迷わず首を右側へ傾けて躱した。即座に引いて二撃目が来るものかと備えたが、槍はリューズナードの左肩を見下ろす位置でピタリと静止する。
次の瞬間、槍の穂先から柄の中央部分までが、強く光り輝いた。
「!」
リューズナードは躊躇うことなく後方へ跳んだ。直後、振り下ろされた槍から初撃とは比べ物にならないほど大きな斬撃が放たれ、真下の床を広範囲に渡って粉々に砕いた。体勢を立て直すべく、さらに二、三歩飛び退いて距離を取る。
「チッ、反応速度まで化け物か」
「……人間にしては、マシな動きができるな」
左肩にジクリと痛みが走り、ドロリと血の伝う感覚がした。先の斬撃と同じ有効射程であれば、躱しきれていたはず。しかし、今のは明らかに射程が広がっていた。斬撃の威力が一定だと刷り込む為に、この奇襲を仕掛ける為に、わざわざ何発も見せつけてきたのだろう。対人戦闘で傷を負わされるなど、いつ振りだろうか。
炎の国と水の国は国土が近い為、かつては水の国の兵士と戦う機会も比較的多かったように思う。けれど、目の前の男はこれまで戦ったどの兵士よりも、明らかに強かった。