第62話
「リューズナード・ハイジック……何故ここに……!?」
広い建物の中央部で、ロレッタを迎えに来ていた兵士が声を上げた。確か、アドルフと呼ばれていたのだったか。名前など、どうでもいいが。
王女はどこだ、と。テロリストさながらの台詞を吐いて警備兵から聞き出した目的地は、近衛兵専用の修練場なのだと言う。壁、床、天井、あらゆる箇所に魔法を受け止めた痕跡がある。出入口の扉も頑丈で、蹴破った足が流石に少し疲れた。
そんな建物の最奥。出入口から最も離れた隅の所で、一小隊ほどの人数の兵士に囲われながら、ロレッタが驚いた表情を浮かべていた。兵士たちと揃いの装束を着ているし、なんなら怪我をしているようにも見える。本当に、戦場へ放り込むつもりで準備を進めさせていたのだろう。ああ、嫌だ。
真っ直ぐ彼女の元へ向かいたかったが、そうするには、自分を取り囲んでいる目の前の兵士たちが邪魔だった。
「どけ。お前たちに用はない」
「……目的は、ロレッタ様か? 絶対に通すな! 殺してでも止めろ!」
以前、ミランダはリューズナードについて、殺すことも考えた、と話していた。その為、兵士たちの間でも「最悪の場合は殺しても問題ない」と認識されているらしい。どこの国の王族も、役に立たないと見切りをつけると、最後には決まって命を奪おうと画策してくる。迷惑極まりない。
ロレッタだけだ。奪うどころか、無償でたくさんのものを与えようとしてくる王族は。
アドルフの号令を受け、目の前の兵士たちが一斉に動き出した。出入口を背にするリューズナードを取り囲むように陣形を作る。全員、無闇に近付いては来ない。一定の距離を保ったまま、両手を前に突き出して狙撃の構えを取っている。リューズナードには遠距離攻撃の手段がないのだから、当然だ。
やがて兵士たちの手が輝き出し、青く色付いた衝撃波が放たれた。一人ずつ微妙にタイミングをずらし、絶え間なく次々と発射してくる。魔法同士が衝突して打ち消し合ったり、味方に当たって同士討ちになったりするのも防げる位置取り。しっかり訓練されていて、舌打ちしたくなってくる。
それでも、リューズナードは冷静に、全ての攻撃を視界に捉えて順番に躱していった。同時に少しずつ間合いを詰めて、適当な兵士の一人へ切り掛かる。相手の兵士はすぐさま魔力で槍を生成し、応戦してきた。同士討ちを避けるべく狙撃が中断され、周囲に居た複数人の兵士たちも槍を構えて攻め込んでくる。
振り下ろされる攻撃を一度刀で受け止め、すぐに体を捻って往なすのを繰り返した。静止するわけにはいかない。一つの攻撃にばかり構っていると、四方から繰り出される別の攻撃であっという間に串刺しだ。
重心を低く保ち、敵の群れの深くまで飛び込んだ。リーチの長い槍は、懐まで潜られるとその長所を活かしづらくなる。加えて、相手は群衆の中でたった一人の標的を狙わなければならないが、こちらは目に映る全てが標的なのだ。その場で適当に得物を振り回すだけでも、確実に敵に当たってくれる。
刀の峰を兵士たちの足の高さに合わせ、横一線。力いっぱい振り抜いた。全員とまではいかなかったが、それなりの人数を巻き込んだ手応えがある。ぐしゃり、という気持ちの悪い感触もあったので、最初に当たった一人、二人は骨が折れているかもしれない。
痛みによろけた兵士の体が、重力に負けて下がっていく。横から突き出される槍の穂先を躱しつつ立ち上がれば、開けた視界の先で再び衝撃波を放とうとしている兵士の姿が目に入った。後方からも同様の気配を感じる。兵士の一人が背後へ回り込んだのだろう。
狙撃するなら、絶対にこのタイミングだ。同じ立場であれば、自分もきっとそうしている。
衝撃波が確実に放たれたことを確認すると、リューズナードは大きく横に跳ねて射線から外れた。バランスを崩しており、回避行動が間に合わなかった兵士たちが巻き添えになる。直撃した者は少なそうだが、魔法同士の衝突によって生まれた凄まじい風圧にあてられて、バタバタとその場に倒れていった。
立っているのは、あと五人ほど。他の攻撃を躱しながらの各個撃破で問題ない。刀を強く握り直し、俊敏に床を駆け、無駄なく順番に捻じ伏せた。