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Gemstone  作者: 粂原
第10章 戦闘訓練
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第60話

――――――――――――――――――――



 ロレッタを乗せた馬車が走り去って行くのを、リューズナードは愕然と見送った。見送ることしかできなかった。


 ――私と、離縁致しましょう。


 婚姻と契約を破棄する為に、水の国(アクアマリン)へ戻りたいのだと言っていたロレッタ。目の前にその手段を提示されたのだから、手放しで受け入れたのは道理だったのかもしれない。しかし、それには戦に参加する義務も付属していた。随分あっさり頷いたように見えたが、彼女は本当に理解していたのだろうか。


 ミランダとの交渉に臨むつもりだと聞かされた時、リューズナードは心底驚いた。何に驚いたのか? それはロレッタの言い分にではなく、ロレッタに言われるまで自分の頭からその思考が抜け落ちていたことに対してである。


 最初の頃は四六時中、頭を悩ませていた。仲間たちの安全を守りつつ、あのふざけた契約を破棄する手段を、寝る間も惜しんで考えていた。ただ、元来、頭脳労働には向いておらず、かく言う誰かに相談することも憚られた為、まともな解決策が見つけられないまま、徒に時間を浪費する日々が続いていた。


 けれど、最近はどうだっただろう。寝る間を惜しむほど没頭して探した時間が、果たしてあっただろうか。契約を破棄する為の手段、即ち、ロレッタを村から追い出す為の手段を。


 彼女と接するうちに、段々と敵対心が解けていって、不思議な安心を覚えるようになって、不可思議な熱を感じるようになって、そして。いつの間にか、彼女の居る日常が当たり前だと思うようになった。


 こちらが下手な行動を起こさない限り、ミランダもこちらには手を出してこない。単に、ロレッタがここで生活することになるというだけだ。であれば、村にも、仲間たちにも、自分にも、もはやなんの不都合もない。危険を冒してまで契約破棄に乗り出す必要性が、見出せなくなってしまっていた。


 それどころか、自ら行動を起こそうとした彼女を、自分は引き留めようとしなかったか。交渉が成功したものとして、その後村へ戻って来るという選択肢を何故か微塵も検討していなかった彼女を、あの時のリューズナードは、確実に引き留めようとしていたのだ。どうしてそんなことをしたのか、自分でもよく分からない。


 ただ、「婚姻と契約の破棄」が、そのまま「ロレッタが村から居なくなること」を示しているのだとしたら、それはなんだか嫌だった。


 けれど、馬車は行ってしまった。引き留めることができなかった。村を盾にされたから、という部分も、もちろんある。しかしそれ以上に、あの兵士が口にしていた「妨害する権利も理由も、お前にはない」という言葉が、リューズナードの手足をその場に強く縛り付けた。


 仲間の為なら、なんだってできる。他の全てをかなぐり捨てて、すぐにでも走り出すことができる。それが自分の役割で、それを果たすことが、自分がここに居ても良い唯一の理由なのだから。


 だが、ロレッタは違う。偽りの結婚相手でしかないリューズナードには、ロレッタの為にそこまでしても良い理由が、ない。




 重い足取りで村へと戻る。ひとまずの脅威が去ったことを、皆に報せなければならない。ところが、喉が渇いて張り付くような、気持ちの悪い感覚がまとわり付いてきて、思うように声が出なかった。


「……リュー?」


 黙って歩いていると、通りかかった家屋の扉が少しだけ開き、サラが顔を覗かせた。こちらの様子を見て、問題がなさそうだと判断したのか、そのまま状況を尋ねてくる。


「さっきのは、一体なんだったの? それに、ロレッタちゃんは? あなたを追いかけて行ったように見えたのだけど……」


 サラは、リューズナードとロレッタの歪な繋がりを知っている。ネイキスを連れ戻した翌日に、ロレッタから事情を聞かされたらしい。何を勝手なことを、と当時は思ったものだが、当のサラがどことなくすっきりした顔をしていたので、特に言及はしなかった。


「…………帰った」


「え?」


「王宮から迎えが来て、水の国(アクアマリン)へ帰った」


 下手に隠す必要がない為、起きた出来事をそのまま伝えると、サラが驚いた様子で家の中から出て来る。


「ちょっと、何よそれ。ロレッタちゃんは自分の力で帰ろうとしていたのだから、迎えを呼んだわけではないのでしょう? 連れて行かれた、ということ?」


「……いや。自分の意思で、ついて行った」


「自分の意思……?」


 そう。彼女は、自分の意思で出て行ったのだ。この村とも、リューズナードとも、縁を切る為に。


 村での暮らしを、心から楽しんでいるように見えた。リューズナードが何よりも大切にしているものを、同じように、大切にしてくれているように見えた。ほんの僅かでも、心を許してくれたように、見えていた。でも実際は、戦に出てまで捨ててしまいたいと感じるほど、煩わしいものだったのだろうか。


 自分は、人の気持ちを読み取るのが本当に下手なのだろうな、と痛感する。無礼だの、野蛮だの、デリカシーがないだの、これまで人から散々に言われて、特に気にも留めていなかった言葉が、今になって突き刺さる。こんな様だから、縁を切りたい、なんて思われるのだ。


「……向こうの都合で連れて行かれたのなら、用事が済めば帰されるのかもしれない。けれど、自分の意思で行ってしまったのなら、ロレッタちゃん、もう帰って来ないつもりなのではないの……?」


「…………そう、かもな」


「あなたは、本当にそれで良いの? ねえ、リュー!」


 的確な答えが見つけられず、その場を後にする。村の脅威は去ったし、その事実もサラには伝わった。今回の役目は終わりだ。

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