第58話
明くる日も、明くる日も、ロレッタは修練に取り組んだ。
途中から混ざるようになった魔法の特訓に関しては、持って生まれた魔力の総量が桁外れなので、さすがにアドルフも感心していた。繊細なコントロールなど要らない。魔力の塊を放つだけで、攻撃も防御も、並の人間では太刀打ちできない威力になる。
だからこそ、余計に身体能力の不足が浮き彫りになっていった。ミランダの言う通り、放った魔法を掻い潜って直接攻撃を仕掛けられた場合、ロレッタはほぼ無抵抗のまま地に伏せることになるだろう。人海戦術で囲まれでもしたら一溜りもないし、たった一人でそれができてしまう剣士だってこの大陸には居るのだ。強さを求めるならば、身体能力の向上は避けて通れない。
ロレッタは、何も本当にリューズナードを殺す手段が欲しくて修練に取り組んでいるわけではない。ただ、それを実行できる程度の力を身に付けた、ということをミランダに認めさせる必要があるのだ。
水の国とあの村との縁を断ち切る。それが、自分が成さなければならない贖罪だと肝に銘じ、毎日死に物狂いで足を動かした。
日を追うごとに装束がボロボロになり、生傷も増えていく。修練相手になっている兵士たちもアドルフも、加減はしているのだろうけれど、ロレッタの細くて小さな体には十分過ぎるほど過酷だった。畑で転んで擦り剥くのとはわけが違う。
以前、一人で戦っていたリューズナードに対して「自分が盾になる」と言ったことがあったが、あれがどれだけ軽率で大それた言い分であったのか、ようやく理解できてきた。あの時は彼の様子がおかしくなった為に有耶無耶になったが、正気であっても信用などしてもらえなかったのだろうな、と今さら反省する。
疲労と激痛を纏って自室へ戻れば、壁に掛けられた質素な衣服が目に入る。ジーナが仕立ててくれた、住人たちと揃いの作業服だ。余計な装飾が付いていない、田舎暮らしに特化した軽装。ふらふら覚束ない足取りで近付き、ぎゅっ、とそれを抱き締めた。
――また、優しい味わいの料理が食べたい。日が暮れるまで子供たちと遊びたい。明るく気さくな皆の笑い声が聞きたい。リューズナードと会って話がしたい。
(駄目……戻りたい、なんて思っては、駄目……っ。私があの村に居て良い理由など、無いのだから……)
魔法が使える人間で、しかも魔法国家を統べる王族。そんな自分が、魔法を恐れるあの村の人々と、接点を持っていて良いはずがない。あの村を、「帰る場所」だと錯覚してはいけないのだ。滲む涙を懸命に堪えた。
自分の居場所は、一体どこなのだろう。
「おはようございます、ロレッタ様。本日の修練を始める前に、ご報告させていただきたいことがございます。近日中に、ロレッタ様の初陣が決まるやも知れません」
「え……」
修練場へ着くなり告げられた言葉に、目を丸くする。
ロレッタは、緊迫状態にある三国間での戦争に備えて呼び寄せられた。その初陣、ということは。
「戦争が始まったということですか……!?」
「いいえ。南方の三国間では、未だ冷戦が続いております。今回の相手は、そちらではなく炎の国です」
「炎の国……?」
「このところ、炎の国で兵力を蓄えているような動きが度々確認されております。戦争を経て疲弊した三国を攻め落とす備えをしているのか、あるいは、そちらとは関係なく水の国へ侵攻しようとしているのか。腹の内が読めない為、詳しい動向を探るべく斥候部隊を派遣するように、との指示が出ました。現在、その斥候部隊の編成と進行ルートの確認作業を進めておりますが、ロレッタ様にもご参加いただく可能性がございますので、取り急ぎのご報告です」
「……そう、ですか」
調査が主の任務とは言え、敵兵と出くわせば当然、交戦になる。わざわざ「初陣」だなんて言い方をするくらいなのだから、そうなる確率も決して低くはないのだろう。
仮にも王女殿下であるロレッタを、敵地に向かう斥候部隊へ勝手に組み込むことなど、兵士の身分ではできない。恐らくミランダの指示だ。本当に戦う覚悟があるのかどうか、試そうとしているのだ。
実践となれば、敵は全員、こちらを殺しにかかって来る。考えるだけで眩暈がするようだった。命までは奪われないと分かっている修練でさえ、未だに怖くて堪らないのに。
「もちろん、貴女様の御身は我々がお守り致しますが、戦地へ赴く以上、自衛する手段も備えていていただきたく存じます。その為にも、修練を重ねて参りましょう」
「……はい、よろしくお願い致します」
血の気が引いて、両手の指先から熱が失われた。