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Gemstone  作者: 粂原
第9章 交渉
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第54話

「……先ほどは、驚きました」


 蹄と車輪が悪路に悲鳴を上げる中、アドルフの静かな声がロレッタへ届く。


「内向的な貴女様が、あのように毅然とした態度で他者へ言葉を返すお姿を、私は初めて拝見致しました。王女殿下に相応しい振る舞いであったと感服するばかりですが、何やら少々、お変わりになられましたか?」


 彼がそう感じるのも、無理はないかもしれない。


 王宮にいた頃のロレッタは、姉のミランダはもちろん、来客や、家臣である兵士たちにさえ萎縮し、相手の神経を逆撫でしないよう、当たり障りのない言葉しか発そうとしなかった。それが、ミランダから呆れられ、来客たちから嘲笑される理由になっていると分かっていても、自己評価の低さ故に変えることができなかった。


 けれど、村で生活するようになり、様々な人々と触れ合う中で、少しずつロレッタの意識が遷移していった。自分の考えを持ち、それを言葉にして伝えなければ、対等な関係を築くことなどできない。


 変わったように見えるのなら、あの村の住人たちが変えてくれたのだ。ロレッタは以前よりも少しだけ、自分のことを好きになれたような気がする。


「……そうかもしれませんね」


「左様ですか。……王宮へ到着致しましたら、まずは衣服をお召し替えください。失礼ながら、現在の装いでは、ミランダ様のお気に障る可能性がございます」


「……はい」


 ロレッタに会話を続ける意思がないことを汲み取ったのか、それきり、アドルフも口を噤んだ。




 久しぶりの故郷、久しぶりの生家、久しぶりの私室。


 全て見慣れた光景のはずなのに、何故だかロレッタには、あまり「帰って来た」という実感が湧いていなかった。深々と頭を下げる使用人たちに促され、軽くシャワーを浴びる。油に火を灯して明かりを点ける必要も、井戸から水を汲んでくる必要も、薪をくべて湯を沸かす必要もない。どれも指先一つで簡単に行える為、最低限の時間で済んだ。


 ジーナが仕立ててくれた服を使用人に預け、王宮専属の洋裁師が仕立てたドレスに着替えた。鮮やかに染色された布地や、煌びやかな装飾が美しかったけれど、なんだか目がチカチカしてしまう。


 美しいドレスを着て、高いヒールを履いて、豪奢な宝飾品を身に付けた自分の姿は、どこからどう見ても王女だった。土弄りなんてしたこともないような引き籠りの第二王女、ロレッタ・ウィレムスが、鏡の向こうから淋し気にこちらを見詰めている。無理やり口角を上げてみたものの、ぎこちない。


 ふう、と一つ深呼吸をしてから、謁見の間へと向かう。荘厳な扉を使用人たちが開けば、その先には、玉座に悠々と腰掛けるミランダの姿があった。壁際には十数人の兵士と、アドルフの姿もある。


「遅い。さっさと、こちらへいらっしゃい」


「……はい、お姉様」


 抗えた試しのない声に、小さく肩が跳ねる。畏怖と劣等感を同時に煽られるようで、どうにも苦手だ。大人しく部屋の中央まで進んだ。


「お久しぶりです。ただいま戻りました」


「挨拶なんて要らないわよ。お前を相手にそんなもの、時間の無駄でしかないのだから。余計な口は挟まないで」


「……申し訳ありません」


 ロレッタが頭を下げると、ミランダは、ふんっ、と鼻を鳴らした。


「おおよその話は聞いているわね?」


「はい。雷の国(シトリン)風の国(アクロアイト)土の国(アンバー)の三国間で緊迫状態が続いている、と」


「ええ。正確には、雷の国(シトリン)風の国(アクロアイト)が睨み合いをしていて、領土の近い土の国(アンバー)が厳戒態勢を敷いている、といったところかしら。南東の二ヶ国で小競り合いをしているだけなら放っておいても良かったのだけど、土の国(アンバー)全土にまで戦火が広がったなら、そのまま水の国(アクアマリン)まで飛び火する可能性も出てきてしまうわ。だから、火を消し止める用意をしておく必要があるの」


 ロレッタは大陸の勢力図を頭に思い浮かべた。


 雷の国(シトリン)は大陸南東に位置しており、その西側に風の国(アクロアイト)土の国(アンバー)が順に並んでいる。水の国(アクアマリン)土の国(アンバー)の北にあり、森を挟んではいるが領土が地続きになっている為、大地を操る魔法を得意とする土の国(アンバー)が国を挙げて戦争へと乗り出した場合、影響が出ないとも限らない。


 また、戦乱に乗じて他国の兵が水の国(アクアマリン)の領土まで踏み荒らす可能性だって考えられる。それを食い止めるのが、事前に聞いていた「国防としての戦力」なのだろう。敵国へ攻め込む為の戦いではなく、自国を守る為の戦い。ようやくロレッタにも事態が呑み込めてきた。……しかし。


「その役を私に、ということでしょうか? 恐れながら、とても勤まるとは思えませんが……」


 ロレッタが戦闘に向いていないことは、ミランダも承知のはず。それなのに、どうして自ら国外へ送り出したロレッタを、わざわざ呼び寄せようと考えたのか。その真意が分からない。


「そうね。私も、そう思っていたわ。少し前までは、ね」


「え……?」


「私がこれまで、お前を政治や戦争に関わらせなかったのは、単純に、役に立たないと思っていたからよ。頭の回転も、魔法を操る能力も、人並み以下だと思っていたの」


「…………」


「でも、後者に関しては、少し違ったみたいね。……数週間前、大陸北東の海域上に水魔法の使用を示す光が現れた、と報告を受けたわ。話を聞くに、水を転移させていたのかしらね?」


「!」


「それも、かなりの量の水を、日暮れから明け方まで、一晩中。そんなの、平民の魔力でできるわけがないもの。お前がやったのでしょう?」

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