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Gemstone  作者: 粂原
第9章 交渉
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第52話

「……急に、なんだ」


「何も急なことはないかと思います。婚姻と契約の破棄は、リューズナードさんのご希望でもあったはずです」


 王宮で無理やり吐かされていた宣誓でも、「離婚を前提に」という枕詞を付けていたし、村へ来てからも「ふざけた契約を破棄する」と憤慨していた。今回ロレッタが決意した内容は、そもそもリューズナードの望みでもあるのだ。相談すれば、もっと早くにスムーズな協力が得られていたかもしれない。


水の国(アクアマリン)へ戻ろうとしていたのは、その為か」


「はい。姉と謁見し、正式に婚姻と契約を破棄してもらえるよう交渉するつもりです」


「ただ頼むだけでは、お前の姉が納得するとは思えない。交渉が成功する算段はあるのか」


「……いいえ。現在のところは、何も。だからこそ、姉との対話を通して、私の何を支払えば交渉の材料となるのかを窺いに行きたいのです」


「その交渉が成功したとして、その後、お前はどうする気だ」


「分かりません。そのまま王宮での生活に戻ることができれば良いのですが、姉の反感を買った場合、それも叶わなくなるでしょう。私がどうなるのかは、交渉の結果次第です。……しかし、それは全て、この村とのご縁が切れた後のお話ですから。気にかけていただく必要はありません。皆様にご迷惑がかかるようなことは、ないかと思います」


「つまり、詳細は何も考えていない、ということだな?」


「……そうなりますね」


 自力で国へ戻ることと、ミランダにこちらの要求を通すことは、等しく困難な壁であると理解している。切れる手札が無い以上、真正面からぶつかるしかできない。それは、この村の住人たちを相手に、ずっとしてきたことだった。人と心を通わせる難しさと喜びを、ロレッタはここでたくさん教わってきたのだ。その経験も、きっと活きるはず。


 リューズナードが、小さく息を吐いた。正直に打ち明けた今、最も協力してほしいのは彼だったのだが、あまりの無鉄砲ぶりに呆れられてしまったのかもしれない。


「それなら、別に良いんじゃないのか」


「……え?」


 しかし彼は、ロレッタの全く予想していなかった言葉を紡いだ。


「俺が向こうに手出しをしなければ、向こうもこちらへ手出しはしてこないはずだろう。俺に、魔法国家を侵略する意思なんてない。関わらないでいてくれれば、もうそれで良いんだ。それなら、今すぐ焦って行動を起こす必要はないんじゃないか?」


「…………」


 咄嗟に呑み込めなかったロレッタは、瞬きを繰り返しながらリューズナードを見詰める。


 まるで、契約の破棄は急務ではない、と言っているように聞こえた。村に不穏な影を落とし、彼の人生の一部を捻じ曲げた謀り事が、いつまでも残っていて良いわけがないのに。彼だって、この歪んだ繋がりの解消を、心から望んでいたはずなのに。


 それに、今の言葉には矛盾がある。


「……私の存在は、魔法国家との関わりそのものです。それを望まないのであれば尚更、行動に移るべきなのではないかと」


「お前の姉の反感を買って困るのは、お前だけじゃない。この村も同じだ。村での暮らしが気に食わないのか、俺が気に食わないのかは知らないが、無策のまま下手な行動は起こすな」


「いえ、気に食わないなどと、そのようなことは思っておりません……!」


「だったら、何をそんなに焦る必要がある?」


「それは……」


 無策だからこそ、ミランダとの交渉は長期戦が想定される。いつまででも粘る覚悟はあるが、どれだけ時間がかかってしまうかは未知数だ。村とリューズナードを一刻も早く解放する為には、一分、一秒だって惜しい。


 それなのに、彼は今、下手な行動は起こすな、と言わなかったか。


(お姉様との交渉を、反対している……?)


 村への影響を危惧する気持ちは分かるが、その影響が及ぶのはあくまでもリューズナードが動いた場合の話だ。ロレッタが動くことを抑制する理由にはならない。押し付けられた厄介者が、自ら進んで「帰る」と言っているだけなのに、どうして。


 分からないなら、尋ねれば良い。彼は話せばきちんと聞いてくれるし、尋ねればしっかりと答えてくれる。そんな人だと、さっき改めて知ることができたのだから。


「……私は、この村の皆様と、リューズナードさんの――」


 ロレッタが、自分の思いの丈をぶつけようとした、その瞬間。


 ――バアン!!


「!!」


「きゃっ……!?」


 村を囲う壁の外側、しかし視認できる程度の距離にある地点。その上空に、青く輝く閃光が打ち上がった。それは、リューズナードが雷の国(シトリン)の兵と戦っていた際、ロレッタが見様見真似で再現したものと同じ。


 水の国(アクアマリン)の近衛兵団で使用されている、軍事信号の一種だった。


「あれは……どうして……!?」


「……話は後だ、中に居ろ!」


「あ、リューズナードさん!」


 呆けるロレッタを置き去りにして、リューズナードがいち早く村のほうへ駆け出して行く。あっという間に遠ざかる背中を見て我に返ったロレッタは、手にしていた花束を玄関の内側へ退避させてから、急いで後を追った。

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