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Gemstone  作者: 粂原
第8章 話し合い
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第50話

 大きな体が、ぐるりとロレッタのほうを向く。


「……今まで、嫌がることも、怖がらせるようなことも、たくさんして、ごめんなさい……。あと、掃除や炊事も……俺は苦手だから、助かっている。……いつも、ありがとう……」


 途切れ途切れにそう言うと、リューズナードは右手にずっと持っていたらしい物を、ロレッタへと差し出してきた。


 村の外で見かける草花をまとめて紙に包んだ、小さな花束だった。


「こちらは……?」


「……お前の喜びそうな物が、分からなかった」


「……私に、ですか?」


 贈り主がコクリと頷くので、恐る恐る両手で受け取った。草花たちの中には、やたらと飛び出している者もいれば、ほとんど埋もれて見えない者もいる。茎の長さがバラバラなのだろう。色彩のバランスも滅茶苦茶で、お世辞にも綺麗と言える見映えではない。


 いつかのルワガを彷彿させるような、目の前の彼が作ったのだなと一目で分かる代物だった。


「あの、どうして、突然……」


「……他の奴らには気軽に話せることを、俺には一つも話さないから……俺のことが怖くて、言い出せないのかと、思って……」


「!」


 ハッ、と顔を上げる。リューズナードはまた形容しづらい表情を浮かべていたが、それでも真っ直ぐロレッタを見ていた。


 自分と同じように、彼も、話がしたいと考えていてくれたのか。その上で、逃げ回っていた自分のほうが悪いのに、彼に謝らせてしまったのか。ロレッタは強い自己嫌悪で沈みそうになる。


 ただ、沈むのは後でいい。今はこちらが意思を伝える番だ。


「……無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした。その……私とお話していると、リューズナードさんのご機嫌を損ねてしまっていることが多い気がして、つい、口を噤んでおりました」


「……? いつの話だ」


「え」


 勇気を出して伝えたつもりだったが、あまりにも不思議そうな顔で返され、狼狽えてしまう。


「ええと……例えば、改築を終えたご自宅を見ていた時、『いちいち謝るな』と強い口調で仰っていたので、お気に障ってしまったのかと……」


 直近での記憶を掘り起こして確認すると、リューズナードは少しだけ考えてから、やはり不思議そうな顔で答えた。


「あれは、すぐに謝ってくるのをやめてほしい、と頼んだだけだろ。怒ってはいない」


「え……!? た、頼んでいらしたのですか? ……大変失礼ですが、あの言い方で?」


「ああ」


 さも当然のように首肯されて、言葉を失くす。ロレッタの中の常識では、あれはどう考えても人にものを頼む態度ではない。しかし、どうやら彼の中では勝手が違うようだ。


「もしかしますと、これまでも、同じように感じることがありましたか……?」


「……そうだな。責めてもいないのに謝ってこられると、何も言えなくなる。気に食わないのなら、その場で言い返せ。嵐の日には、言い返してきただろう」


「あ、あの時は、必死だったもので……。その節は、大変失礼な真似を……」


「いや。普段から、あれくらいでいい。そのほうが俺も話しやすい」


「いえ、常にあれほどの物言いをする胆力はありません……。それに、その……私はずっと、責められているものだと思っておりました」


「は?」


 リューズナードの眉間に皺が寄る。これまでであれば反射で謝罪の言葉を口にしていたかもしれないが、ロレッタは緊張しながらも自分の気持ちを話し続けた。


「私は元々、王宮の中で、限られた上流階級の方々としか接触しない生活を送っておりました。その接触者の方々からも、常に下から、敬うように扱われてきたのです。……リューズナードさんのように、その、荒い口調でお話される方とは、お会いしたことがありません」


「……まあ、そうだろうな」


「はい。その為、ご機嫌を損ねている時と、そうでない時の区別が、なかなか付けられないのです……」


「…………そうか」


 ロレッタの培ってきた常識を、リューズナードは驚いた様子で聞いていた。そして、難しい顔で考えながら、ゆっくり答える。


「……俺は、平民の中でも特に、育ちの悪い部類なんだ。荒い口調……だったつもりはないが、下手(したて)に出ると舐められる、という意識は、確かにある。今さら変えられはしないが、怯えさせていたのなら……悪かった」


「……!」


 自分の視野の狭さに、嫌気が差してくる。


 生まれや育ちが違っていれば、身に付いた常識や考え方が違っているのなんて、当たり前だ。そして、自分と彼との生き方の違いを、ロレッタは知っていたはずなのに。彼の立場で考える、ということが全くできていなかった。想像したところで完全には分からないのかもしれないけれど、想像すること自体を放棄していたのだ。


(人の気持ちに寄り添うこともできないで、何が王族だと言うの……!)


 深々と頭を下げる。


「私のほうこそ、手前勝手にあなたのお気持ちを決め付けて、確認することを怠っておりました。大変失礼な行いであったと猛省しております。申し訳ありませんでした」


「??? 今度はなんの話だ。俺に分かるように言ってくれ」


「……リューズナードさんは、私のことを嫌っている為、常にご機嫌が悪いものだとばかり……」


「……嫌い?」


「私は魔法の使える人間で、ネイキス君を攫ってあなたを脅した女性の血縁者です。村の皆様にも、あなたにも、恨まれていて当然だと理解しております」


 自分の軽い頭を下げて済む問題ではないが、今のロレッタには、それしかできない。

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