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Gemstone  作者: 粂原
第8章 話し合い
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第44話

 その日の分の仕事を終え、分けてもらった食材を抱えながら、ロレッタは帰路へ着いた。昨日までと比べて、まだ空が明るい。食事と入浴をサラの家で済ませる必要がなくなり、早めの時刻に戻れるようになった為である。


 広くなった家屋に着き、まずは早々に入浴準備を整えた。浴槽を設置した際に水も張ってくれていたので、火を起こせばすぐに使用することができる。他の作業はともかく、入浴だけは家主と鉢合わせる前に、確実に済ませておきたい。


 手早く入浴を済ませ、次は二人分の食事の用意に取り掛かる。ロレッタは元々、料理が得意だったわけではない。サラの手伝いをする中で少しずつ教わり、この村の郷土料理に近いメニューを自然と覚えていったのだ。自分が、料理や学習を好む人間であったことに、ここへ来て初めて気が付いた。いくらでも新たな発見ができるこの生活が、心から好きだなと思う。


 祖国では魔力を特定の設備に注げば簡単に火を起こせたものの、ここでは一回毎に薪をくべて直接火を焚かなければならない為、風呂も料理も、気軽に「温め直す」ということができない。リューズナードが帰宅する頃には、どうしても食事が冷めてしまうのが申し訳なくて、住人たちにも相談してみたが、こればかりはどうにもならないらしい。誰に訊いても最後には、「リューはなんでも食べられるから平気」と締め括られ、苦笑いするしかなかった。


 自分の食事を終えて、最後は掃除に取り掛かる。ここまでが寝る前の日課だ。水に浸した厚めの布切れを、新品の床板へ押し付けた。


 火を起こすにも時間がかかるし、その上で入浴にも料理にも時間はかかるので、外はすっかり闇色に包まれている。途中で明かりを灯しつつ、ロレッタは黙々と作業を進めた。ただ、手を動かしてはいるが、頭では全く別のことを考えている。


(婚姻と契約を破棄する為には、何をする必要があるのかしら……)


 今後の自分の行動方針を決めるべく、思考を巡らせた。


 ミランダが一方的に突き付けたそれらは、どちらも書類上のサインを以って締結されたものだった。と言うことは、あの書類を処分してしまえば良いのだろうか。しかし、子供を攫い、脅迫までして取り付けた契約なのだから、書類はきっとミランダが厳重に保管している。説得か、力ずくか。どちらにしても姉との対面は避けられない。


 また、ミランダとリューズナードの間で交わされた契約についてはそれで解決できるかもしれないが、婚姻については、書類を破棄するだけでは駄目だ。ロレッタがこの村へ来て一ヶ月近くが経過している今、婚姻届けは国で正式に受理されているだろうし、他国への通達も終わっているはず。様々な手続きを踏まなければ、白紙に戻すことはできないだろう。……つまり。


(何をするにしても、まずは水の国(アクアマリン)へ戻らないといけないわね)


 村を出て、水の国(アクアマリン)へ帰還する。それが、リューズナードを解放する為の第一歩だ。一応、自分は血縁者なのだから、国へ戻りさえすれば、ミランダと会うことくらいは叶うだろう。その後のことは、帰還してからでも考えられる。


 となると、次に考えるべきは、どうやって水の国(アクアマリン)へ戻るか、だ。ここへ来るまで、途中の街での休息を挟みながら、馬車移動で計三日間ほどかかっている。移動手段の手配は可能なのか? 徒歩での移動は現実的な距離なのか? 考えることが増えていく。


 ぐるぐる悩んでいた時、なんの前触れもなく突然、玄関の扉が開く音がした。


「あ……」


「!」


 ロレッタが驚いて振り向くと、扉を開いた張本人であるリューズナードも、驚いた顔でロレッタを見ていた。いつの間にか、窓の外は何も見えないほど暗くなっている。考え事に気を取られていたせいで、掃除も中途半端のまま、彼が帰宅するような時刻を迎えてしまっていたらしい。夜に顔を合わせるなんて初めてだ。


 昼間の気まずさも多少残ってはいたが、せっかく迎えられるのだからと、ロレッタは帰宅時の挨拶として妥当だと思う言葉を口にした。


「おかえりなさい、リューズナードさん。本日も一日、お疲れ様でした」


「…………」


 最後に会釈をして、反応がないのでゆっくり頭を上げると、リューズナードは何も言わずにただロレッタを眺めていた。また何か機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか、とも考えたが、今の彼は昼間に見たような険しい表情はしていない。暗くてはっきりとは見通せないけれど、どちらかと言えば、なんだか今にも泣きだしてしまいそうな、そんな心許ない様子にも見えた。


「……ああ」


 やたらと間を置いて、フイッと顔を背けて、ようやく返ってきた言葉は、それだけだった。村に来たその日に聞いた、ネイキスへ向けられていた優しい声は、やはりロレッタへ向けられることはないのだろう。悲しむ資格などないのだと、何度も自分に言い聞かせながら立ち上がる。


「普段通りに清掃を行っていたのですけれど、広くなった為か時間がかかってしまいました。続きは明日に致します。お食事の用意もありますが、召し上がりますか?」


「…………貰う」


「承知致しました」


 リューズナードがロレッタの作った食事に手を付けなかったのは、最初の一回だけだった。本人に許可を取って以降、炊き出しとずらして数日おきに用意してみているが、毎回きちんと完食してくれる。朝起きて、流し台に乗った空の食器を見る度、料理の楽しさを実感できた。


 掃除道具を片付け、手を洗ってからかまどの前に立つ。釜と鍋が一つずつ並んでいて、それぞれ釜の中には、炊き上がった穀物。鍋の中には、細かく切った葉茎菜と切り刻んですり潰した肉をまとめて炒め、住人たち直伝のたれで味付けした具材が入っている。それらを穀物、具材の順で平たい皿によそい、水を入れたカップとスプーンを添えて膳に乗せた。やはり冷えてしまっているが、食べてくれるだろうか。

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