表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gemstone  作者: 粂原
第6章 居場所
38/159

第37話

 昼時は過ぎたが、夕方と呼ぶにはまだ早い時刻。泣き腫らした赤い目を擦りながら、ロレッタはウェルナーの元を後にした。俺が喋ったこと、リューには内緒ね。口元に人差し指を添えつつ頼まれた約束事には、何度も頷いた。


 気持ちの整理がしたくて避難所へ戻ると、とても珍しいことに、リューズナードも戻っていた。壁に背を預けて胡坐をかき、両腕を前方へ投げ出して目を閉じている。昨夜はずっと外にいたようなので、仮眠をとりに来たのだろうか。


 近付いても、特に反応がない。普段は人の気配に敏い彼であっても、さすがに眠っている時は、その限りではないのだろう。思えば、眠っている姿を見るのは初めてだ。同じ家に住んでいるのに、改めて異様な関係だなと実感する。なるべく音を立てないよう気を付けながら、彼の右隣に腰を下ろした。


 ひたすら何かと戦い続けてきたリューズナードの人生に、心穏やかに眠れた夜は、果たしてどれだけあったのだろうか。あんな悲愴に満ちた表情を浮かべるくらいだ、きっとまだ、完全に立ち直ることはできていないのだろう。元々、脆かったわけではないけれど、一度粉々に砕けてしまった心が、未だに回復しきっていない。


 彼とは真逆と言っても差し支えない人生を歩んできたロレッタに、そんな彼の心を言葉で癒やすのは、無理だと思った。何を言っても、陳腐な綺麗事や絵空事になってしまう。


 だからロレッタは、彼の右手に触れた。必死に戦い続けてきた、大きくて硬い、傷だらけの手。


(冷たい……)


 せめてこれ以上、一人で凍える夜が訪れないように。冷えたその手を自身の両手で包み込む。


「……私は、あなたからも、この村の皆様からも、何も奪うことなど致しません。あなたには穏やかな日常が……平和が似合います」


 迫害も戦争もない世界で、幸せに生きてほしい。漠然と、そんなことを思った。


 リューズナードにとっての幸せがどんな形なのかは、ロレッタには分からない。この村の恒久的な繁栄かもしれないし、祖国との和解かもしれない。分からないけれど、ただ一つ、はっきりしていることがある。


(私と……水の国(アクアマリン)と繋がったままでは、いけないわ)


 魔法国家との強制的な繋がりを持ったままでは、彼の心が落ち着くことは、きっとない。真に彼の幸せを願うのならば、まずは自分との縁を完全に断ち切るべきなのだ。


 ――ミランダが突き付けたあの契約を、破棄する手段を探そう。


 ロレッタは強く決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ