第36話
「リューが戦ってる間、俺たちは国から与えられた雑用みたいな仕事をしながら、交代でエルフリーデちゃんの世話もしてたの。それで、たまに帰って来るあいつが、見る度ボロボロになってて、皆心配してた。でも、本人は『これでいい』って言って、エルフリーデちゃんの顔だけ見てまたすぐ出て行くから、止めるに止められなかったんだよね。そんな生活が何年か続いたんだけど……今から七年くらい前にさ、炎の国で流行り病が蔓延したことがあるの、知ってる?」
「あ……はい、お話だけは伺ったことがあります。感染率も致死率も、凄まじいものだったとか……」
「そう、それ。まるで猛毒でも撒かれたみたいだ、って言って、国中、大騒ぎだったよ。まあ、炎の国は大陸の中でもトップクラスで医療技術の発展した国だから、そのうち対処方法が確立されて、治癒魔法で完治させられるようになって、結局、一ヶ月くらいで鎮静化したんだけどね」
菌もウイルスも焼き殺し、どんな傷でもたちまち焼き塞ぐ、炎属性の治癒魔法。その魔法と先進的な医療技術を組み合わせることにより、炎の国は医療大国として不動の地位を築いている。そんな国で原因不明の伝染病が広まった話はなかなかに衝撃的であり、ロレッタも教養の一環として教わった記憶があった。
「でも、その騒動が収束する直前に、エルフリーデちゃんが感染しちゃったの」
「え……」
「リューも騎士団の任務とか放り出して戻って来てさ、皆で手分けして国中の病院回って、彼女を診てもらえないか頼んだんだ。けど、駄目だった」
「……ひと一人を受け入れられないほど、医療機関が逼迫していたのですか?」
「いや、全然? どこも通常営業してたよ。暇すぎて受付けが居眠りしてるような所もあったな。……それでも、駄目なんだってさ。俺たちが、非人だから」
「!」
「人じゃないものなんて受け入れられない。どこに行ってもそう言われて、摘まみ出されたんだ」
「そんな……ただ魔法が使えないというだけで、どうしてそこまで……」
「どうして、って……」
ウェルナーが、悲痛な表情を浮かべた。
「そんなの、俺たちが一番知りたいよ」
「っ…………」
「……ごめん、話戻すね。炎の国には、民間でもレベルの高い治癒魔法を習得してる人が結構いるんだけど、その最高峰は王子だ。王族の魔力って、どこも凄いでしょ? あの国の王子の治癒魔法は、死者すら蘇らせる。そんな力があれば、女の子一人を助けるくらい簡単なはずだからさ。リューが王宮へ乗り込んで、直談判しに行ったの。
でも、やっぱり相手にされなかった上に、任務を拒否したことを責められて、騎士団使って殺されかけたんだって。まあ、あいつも騎士団の連中に仲間意識とか持ってたわけじゃないから、反撃してなんとか切り抜けたらしいんだけど。戻って来た時には、エルフリーデちゃんが、もう……」
「…………」
「想像できないかもしれないけどさ、静かに横たわってるエルフリーデちゃんを見たリューが、泣きながら『もう殺してくれ』って、言ったんだ。妹の為に、っていう一心で耐え続けてきたいろんなものが、全部一気に折れちまったんだろうな。
……以前から俺たちも、国を出ることを考えてはいたんだ。ただ、行く宛てがないし、エルフリーデちゃんの体調のこともあったから、なかなか踏み切れずにいたんだよね。でも、崩れ落ちるリューを見て、ああもう駄目だな、って思った。人間扱いされない、病気になっても見殺しにされる、役に立たないと躊躇なく切り捨てられる。こんな国に居たところで、まともに生きていくことなんてできないから、どうせ駄目なら捨ててやろう、って。動けなくなってるリューを皆で無理やり引きずって、国を出てきたんだよ」
「…………」
魔法国家の人間が、自国の騎士団を壊滅させて逃亡した。ロレッタがミランダから聞かされていたのは、それだけだ。騎士団へ加入した経緯も、細かいニュアンスが違う気がする。外の国には、さすがに詳細な内部情報までは伝わっていないのだろう。
姉の話だけを鵜呑みにすると、彼はまるで国へ仇なす反逆者かのように映る。しかし、彼の行いが反逆に当たるのならば、国家とは一体なんなのだろうか。
「国を出た後も、しばらくリューは、どこ見てるんだか分からないような状態で茫然としてたの。だから、俺たちと同じ境遇の人たちを受け入れられる場所を作る、っていう目的を与えて、とにかく体を動かしたんだ。で、村の形ができたら今度は、そこで皆を守る、っていう役割を与えた。……戦うことを存在意義だと捉えてほしかったわけじゃないんだけど、自分がここに居ても良いと思える明確な理由がないと、あいつまた、立っていられなくなりそうだったから。
なんとか生活できるようになって、噂を聞いたのかいろんな国から同じ境遇の人たちが逃げて来るようになって、たくさんの人たちと触れ合う中で、少しずつ落ち着いていったんだ。七年もかけてようやく、今のあいつになった、ってわけ」
「…………そう、だったのですね……」
あれほど強い人なのに、どうして死に急ぐような守り方を選ぶのだろうかと疑問だった。
答えはとても単純で、ずっとそうして生きてきたからだ。きっともう、自分でも変えられなくなっている。立ち止まってしまえば、また動けなくなると分かっているから。
彼だって、決して好きで戦っているわけではない。けれど、戦うことしかしてこなかったせいで、それ以外に自分の存在価値を見出せなくなったのだろう。助けられることを、奪われることだと認識するくらいに、歪んでしまった。自分自身の守り方を、忘れてしまった。だから、祖国を離れた今でもずっと、一人で戦い続けようとしているのだ。
「……ありがとうございます。つらいお話をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「ううん、気にしないで。……すごい魔法が使える王族なのに、非人の為に泣いてくれる君だから、話したんだよ」
いつから溢れていたのかも分からない涙が収まるまで、ウェルナーが優しく背中を撫でてくれていた。