第35話
ロレッタは自分の心に浮かぶ気持ちを掬い上げ、そのまま素直に吐き出した。
「……心配、なのです」
「心配? 君より屈強で、戦い慣れもしてるあいつが、心配なの?」
「はい。確かにリューズナードさんは、とてもお強い剣士なのでしょう。私より遥かに力も体力もありますし、お体も丈夫です。けれど、そうではなくて……彼を見ていると、時折ひどく、不安になるのです。普段は村の皆様と助け合いながら生活をしているのに、本当に危ない時には、全てお一人で解決しようとする。おこがましいとは存じますが、いつかそのまま、お一人で倒れてしまうのではないかと思うと、とても……心配です」
避難所で雷の音を聴いた時、始めはただ、天気が崩れているだけかと思った。しかし、遠く微かに響いてくるそれが、空ではなく森から聴こえているのだと認識すると、一気に眠気が吹き飛んだ。
村の近くで、雷魔法を使っている人間がいる。そして、状況は分からないが、それならばきっと、現場には彼もいるのだろう。人の気配に敏感で、魔力の光は敵襲の合図だ、と言っていた彼が。
戦っているのだとしたら、彼はまた、一人きりなのだろうか。応援を呼ぶどころか、一緒にいる仲間を遠ざけてまで、一人きりで奮闘しようとするのだろうか。そう考えたら、体が勝手に動き出していた。
結局、彼は無傷ではあったが、やはり一人だった。不安になったのだと伝えても、全く響いていなさそうな様子が悲しかった。そして、せめて自分を使ってほしいと願い出たら、今度は彼のほうが悲しそうな顔をした。
最初の頃と比べればマシというだけで、リューズナードとの交流は未だにほとんど嚙み合っていない。そう、改めて突き付けられた気分だった。ウェルナーの言う通り、放っておくことだってできる。しかし、何故だかロレッタは、無性にそれをしたくないのだ。
「知ることで、何かが変わる可能性があるのなら、私は、知りたいと思いました。……それが理由では、不足でしょうか?」
真っ直ぐ見詰めて尋ねると、ウェルナーはとても穏やかに笑った。
「……うん、いいね。その理由なら安心だわ」
「!」
「リューを見て、『なんでも任せられる』とか言うような奴だったら、話す気なかったんだけどね。君が俺たちと同じように、あいつを真摯に心配してくれる人で良かった」
すくっと立ち上がり、一度工房を出て行ったウェルナーが、やがて水を入れたカップを一つだけ持って戻って来た。
「少し、昔話に付き合ってよ。人のことを勝手にあれこれ話すのはよくないけど、俺の昔話を、俺が君にする分には、何も問題ないからね。はい」
唐突に差し出されたカップを、不思議に思いながら受け取る。
「あ、ありがとうございます……?」
「いえいえ。この先、王女様には少々、刺激の強いお話になる可能性がございますので、お気を確かに」
「! ……承知致しました」
緊張で思わず身構えると、ウェルナーが優しく頭を撫でてくれた。
「……どこの国でも、非人差別っていうのは、やっぱりあってさ。もちろん、俺もその対象だったのね。魔法が使えないとまともな職に就けないし、まともな職に就けないと住む場所も探せないし、下手に外をうろついてると知らない奴らに絡まれるし。もう街の中では生きていけないな、って思って、同じ境遇の奴らと一緒に、国の端にある廃棄物の埋め立て場みたいな所で、こっそり暮らしてたんだ」
「っ…………」
「おっと、ここで躓いてたら本題まで辿りつけないぜ? まだ入り口だ。……それである日、その埋め立て場の近くで、ぶっ倒れてるリューを見つけて、皆で保護したの。あいつ、魔法が使えない、役に立たない、って理由で育児放棄されてて、何年も虐待され続けた挙句、妹さんと一緒に家を追い出されたんだって」
「……妹さん、ですか?」
「そう。リューと五、六個くらい歳の離れた妹さん。エルフリーデちゃん、っていうんだけど。魔法が使えないのに加えて、生まれ付き体が弱かったらしくて、追い出されるまでは両親から、追い出された後は街の連中から、ずっとリューが守ってたの。で、どうにかエルフリーデちゃんを休ませられる場所を見つけられないかと彷徨って、さすがに限界がきて気絶したっぽいね」
すでに、これほど軽い口調で語られるべき内容ではなかったが、ロレッタの為にあえて軽くしてくれているのかもしれない。震える両手を抑え込み、懸命に耳を傾ける。
「それから二人も一緒に暮らすようになったんだけど、しばらくして、埋め立て場に勝手に住み着いてたのがバレちゃって、立ち退き命令が出た。しかもそこは国の管轄だったから、わざわざ王宮騎士団の連中が派遣されてきてさ。力づくで追い出されそうになった時に、リューが『自分が戦力としていくらでも働くから、こいつらに住む場所を与えてやってほしい』って言い出したんだ」
「……!」
「最初はもちろん、相手になんてされなかったよ? でもあいつ、その場でナイフ片手に騎士団の奴らをどんどん伸していって、無理やり認めさせちゃったんだよね。その結果、リューは騎士団の下っ端として戦場へ駆り出されるようになって、俺たちは街の隅っこに住処を用意された。皆でまとめて物置きに押し込まれたような感じだったけど、壁と屋根があるだけ、それまでよりもマシだったかな。……これが、今から十年くらい前の話」
リューズナードが戦争に参加していた経緯について、疑問に感じたことはあった。国の為という理由で彼が動くことなど、あり得るのだろうか、と。
しかし、国ではなく、家族や仲間たちの為に自ら志願したのなら、納得できる。現在の彼の姿を見ているからこそ、他の何よりも腑に落ちる理由だと思った。