第34話
「ああ、人として好きかどうか、って話ね。まあ、別に、男として、って意味でもいいんだけどさ」
「え、あの……」
突然、何を言い出すのだろう。信用問題の話ではなかったのか。意図が分からず混乱する。しかし、尋ねられたのだから、返答はしなければならない。
(私が、リューズナードさんを好きかどうか……)
どうなのだろう。最初はただ、怖い人間だと思っていた。怒りと嫌悪を乗せた瞳で睨まれると、身が竦む。刀を向けられた時には、死の恐怖を間近に感じて背筋が凍った。威圧的で荒い口調なのも、責められているような気分になるので少し苦手だ。
けれど、彼が怖いだけの人間ではないことも、もう知っている。住人たちと接している時は、とても穏やかな顔をする。嵐の日に見上げた背中は頼もしくて安心したし、倒れた自分を気遣ってくれた時は嬉しかった。ミランダの要求を呑んだのも、一人で戦おうとするのも、仲間たちを危険に晒したくないという意志の表れだ。
そんな部分を見てきたからこそ、ロレッタはもっと彼と話をしてみたいと思った。一人で無茶をしないでほしい、とも。
――すでに、恐れる要素よりも、好意的に受け取れる要素のほうが、上回っているのではないか? 頭のどこかで、そう囁く声が聞こえる。
さらに深い思考の海へ沈みそうになって、しかしそこで、はたと気付く。違う。そもそも自分は、この質問で迷ってはいけなかった。だって、結婚しているのだから。即答できなければおかしい。
いつの間にか下がってしまっていた視線を戻すと、ウェルナーが優しく笑ってこちらを見ていた。
「君は嘘をついたり、隠し事をしたりするのに向いてないね。とっても素直な良い子だ。……結婚の話、やっぱり嘘だろ?」
「……!」
やっぱり、ということは、以前から何か思うところがあったのだろう。リューズナードには大々的に説明する気はなさそうだったので、ロレッタもサラ以外の住人には話していない。言い当てられたのは初めてだった。
「……あの、どうしてそう思うのですか」
「ん? あいつが他所の国の女性と知り合いだった、っていうのがもう嘘っぽいし、それに結婚を考えるにしても、わざわざ魔法が使える人を選んで連れて来るとは、どうしても思えなくてさ。ロレッタちゃんのことは好きだし、人間性も信用してるよ? でも、結婚の話だけは最初から、一ミリも信じてなかったよ、俺は」
「…………」
「リューにも直接、訊いたことがあるんだ。口は割らなかったけど、あいつが喋らない、ってことは、何か事情があるんだろうなと思った。あいつも、君とはまた違う方向性で分かりやすいからね。お兄さんは君たちが心配だよ」
「……左様ですか」
これはもう、今さら取り繕っても無駄だ。やはりウェルナーは、リューズナードのことをよく知っている。だからこそ、曖昧に流されてはくれない。
「で、嘘をつこうとする悪い子に話せることは何もないわけなんだけど……教えてもらえるかな。君は一体、誰なんだろう? どうして、リューのことを訊きたいの?」
笑顔も口調も柔らかいのに、リューズナードとは別の種類の威圧感がある。怯みそうになる自分を、ロレッタはなんとか奮い立たせた。
彼は決して、敵ではないのだ。自分がこの村やリューズナードにとっての敵にならない限り、彼もまた、自分の敵にはならない。味方として、仲間として信用してもらう為に、まずは自分のことを知ってもらおうと決心する。
「私は……」
「うん」
「……私は、水の国の第二王女、ロレッタ・ウィレムスと申します。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「…………うん? 王女……?」
笑顔を引き攣らせるウェルナーに、ロレッタは自分がこの村へ来た経緯を話した。
「――……いやいや、ちょっと待ってよ。情報量が多い……」
それが、話を聞き終えた彼の第一声だった。至極真っ当な反応なのだと思う。
「あー……でも、そっか。それなら、リューも話さねえよな。サラさん、気にしそうだもんな。ロレッタちゃんも、村に来た時すごい綺麗なドレス着てたし、話し方とか振る舞いとか上品だし、良いところのお嬢様なんだろうなとは思ってたけど、王族はさすがに予想外だったわ…………そっかあ……」
口に出すことで整理しようとしているのだろうか。普段よりも少し早口になっているウェルナーを、ロレッタは真剣に見詰める。
「信じていただけますか?」
「…………うん、まあ、そうだね。さっきも言ったけど、ロレッタちゃんのことは信用してるんだよ、俺。こんな嘘を、平気でつけるような子だとは思ってない。他でもない君が言うんだから、全部本当なんだろうね」
「ありがとうございます」
どうやら納得してもらえたようで、ロレッタもホッと息を吐く。世の中のことを何も知らずにのうのうと生きていた自分への罪悪感は忘れてはならないし、この村の住人たちに恨まれて当然であるとも理解している。それでも、こんな未熟で半端な自分を「信用している」と言ってくれるウェルナーに、胸がじんわり温かくなった。
「それじゃあ、さ。それが全部本当だったとして、リューのことを訊きに来たのは、なんで? さっきの話だと、君の仕事はあくまで『この村に居ること』で、あいつの機嫌を取ることじゃないだろ? 放っておいても良いんじゃない?」
「それは……」
この村へ来たのはミランダの意思によるものだったが、今ここへ、リューズナードのことを訊きに来たのは、ロレッタ本人の意思に他ならない。その理由を、上手く説明できるだろうか。