第33話
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――……俺から、存在意義を奪うのか。
そう呟いたリューズナードの、悲愴に満ちた様子が忘れられない。
敵兵にも権力者にも、物怖じ一つしない彼の声が、少しだけ揺れていた。しっかりと地に足を着けて立っているはずなのに、なんだか今にも崩れてしまいそうな危うさがあった。
全て一人で頑張ろうとしないでほしい、と。そう伝えたかっただけだった。
村の為であれば、彼は平気で無茶をする。それは、嵐の日によく分かった。そしてそれを、他の住人たちがひどく心配しているということも。
今回だって、そうだ。本人の中では、雑兵と戦うことなど、そもそも無茶の内に入っていないのかもしれない。けれど、勝ち負けの話ではなく、誰の目にも届かないところで一人、身を削るような真似をしてほしくなかった。それがロレッタと、住人たちの総意だ。そう、伝えたかっただけなのに。
心許なく呟いた後、ハッとした顔で「なんでもない、忘れろ」と残してどこかへ歩いて行ってしまったリューズナードは、結局朝まで戻っては来なかった。夜に顔を合わせないのはいつものことだが、この日ばかりはロレッタも、胸がざわついて眠れなかった。
きっと、自分が何か、伝え方を間違えてしまったのだろう。そうは思うがしかし、どこを間違えてしまっていたのか、原因の根本が分からない。やはりロレッタは、彼のことを何も知らないのだ。
それならば、知っている人に訊きに行こう。目に痛い日差しを手で遮りながら、静かに避難所を後にした。
「お? ロレッタちゃんだ、おはよう。朝から来るなんて珍しいね」
「おはようございます、ウェルナーさん。突然押しかけてしまい、申し訳ありません」
道中で会ったネイキスとユリィに伝言を頼み、今日は農作業の手伝いに暇を貰った。そしてその足で、ロレッタはウェルナーの元を訪れていた。
ウェルナーは自宅の隣に工房を構えており、日中はそちらで仕事をしている。木、石、鉄など、あらゆる素材を加工して家具や設備へと作り変える、いわゆる職人である。住人たちが自宅で使用している家財はもちろん、外の水門も彼が製造を手掛けたのだそうだ。ちゃんとした製造環境があったらもっと立派な物を作れたんだけどな、とぼやいているのを聞いたことがある。
「いえいえ、お気になさらず~。散らかっててごめんね。もうちょっとだけ、待っててくれる? そこの椅子、使っていいよ」
「はい、失礼致します」
ロレッタが入口の横に設置された椅子に腰掛けたのを見届けると、ウェルナーは手に持っていた鋸を、土台に固定された木の板へ通し始めた。彼の足元には、それぞれ異なる大きさに切断された木材がいくつも並んでいる。何か家具でも作っているのだろうか。
やがて木の板を切断し終え、首にかけていたタオルで汗を拭ってから、ウェルナーがロレッタの隣に椅子を持ってきて腰掛けた。
「ふい~、お待たせ。俺に何か用事?」
「お疲れ様です。少々、お伺いしたいことがありまして……」
「神妙な顔しちゃって、どうしたの。そんなに深刻な話?」
「……そう、かもしれません」
「……そっかあ」
しっかり座り直して話を聞く体勢を作ってくれたウェルナーに、ロレッタは昨夜の出来事を説明した。
ウェルナーは炎の国の出身で、リューズナードと共にこの村を作ったのだと言っていた。正確にどのくらいの長さなのかは分からないが、それなりに古い付き合いなのだろうと思う。だから、ロレッタには想像できないリューズナードの心境が、言葉の意味が、少しでも理解できるのではないかと考えてここへ来たのだ。
一通り説明を終えると、ウェルナーは小さくため息を吐いた。
「存在意義、ねえ……。あいつ、そんなこと言ってたんだ? 立ち直ってくれたかと思ってたのに、まだ駄目だったか」
難しい顔で呟くウェルナーに、ロレッタは懇願するように詰め寄る。
「あの、私は何か、良くないことを言ってしまったのでしょうか? リューズナードさんを傷付けるようなことを、言ってしまったのでしょうか……」
「傷付けた、って言うか……うーん……。そうだなあ、俺から話せることもあるけど、その前に、こっちからも訊かせてもらっていいかな」
「……私に、ですか?」
「うん。悪いけど、俺だって話す相手は選ぶよ。大事な仲間のことだからね」
普段通りの軽い口調で、しかしどこか、こちらを試しているかのような目で告げられたロレッタは、久しぶりに自分が余所者であることを思い出した。
とても友好的に、温かく接してもらえている実感はある。けれど、いざという時には、この村の人々は迷わずリューズナードの味方になるのだろう。過ごしてきた年月と、その中で築いた信頼関係の差。どう考えても、当たり前でしかない話だった。
覚悟を決めて、しっかりと首肯する。
「……承知致しました。私にお答えできることであれば、なんなりと」
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく訊くけど……ロレッタちゃん、リューのこと好き?」
「え」