第31話
リューズナードが、静かに問うた。
「……向かって来る、ということだな?」
「ああ、そうだよ!」
威勢よく吠えた新人の男は、両手のひらをリューズナードへ向けて突き出し、左右それぞれから雷魔法を放った。二本の雷撃が、別の角度から標的を囲い込むようにして迫って行く。
リューズナードが、ぐるりと体の向きを変えた。新人の男を自身の正面に捉え、雷撃をギリギリまで引き付けると、当たる直前で右方向へ大きく跳ねて躱す。派手な雷鳴と共に、地面が抉れて土煙が上がった。特に気に留めることもなく、敵は真っ直ぐ新人の男へ向かって突っ込んで行く。
魔法が使える者同士の戦闘では、相手の魔法に自身の魔法をぶつけて技を相殺することができる。物理の盾を持たない代わりに、自分の魔法で相手の魔法を打ち消すのが、一般的に「攻撃を防ぐ」と呼ばれる行為である。
その戦法がとれないリューズナードは、だから全ての攻撃を目で見て躱す。相手の体の向き、手足の角度、目線の動き、呼吸の乱れ。あらゆる情報を視覚から読み取り、どこへ何が飛んで来るのかを瞬時に判断して、迷いなく体を跳ねさせる。
そして、彼は後ろに下がらない。攻撃を躱す際はほぼ必ず左右か前方へ跳び、すぐに体勢を整えて臆することなく相手の懐へ飛び込んで行く。相手が距離を取るより数倍速く間合いを詰め、無駄のない俊敏な動作で一気に斬り掛かるのだ。
瞬きをして、目を開いた時には、すでに一瞬前とは別の地点へ移動している。そんな化け物じみた動きで迫り来る標的に、実戦経験の浅い新人の男の魔法は掠りもしない。
上官の男が、部下の正面に魔力の障壁を張ろうとするも、数コンマの差で間に合わなかった。月光を反射する美しい刃が躊躇なく振り下ろされ、新人の男の右肩を切り落とした。広がる血溜まりの上で、ビチャリと不快な音が鳴る。
痛みに仰け反る敵をその場に蹴り倒し、ひどく冷めた目で見下ろしながら、リューズナードが言う。
「次は、足を落とす」
「うわあああああああ!!!!」
あまりの恐怖に泣き叫び、もはや戦意も正気も失くした部下に、彼は構わず刀を振り上げた。しかし、背後から迫る雷撃の気配を察知し、素早くその場を離脱する。
上官の男の右手が、リューズナードを捉えていた。
「……なるべく、事を荒立てたくはなかったんだがな。味方に被害を出されたのでは、さすがに看過できない」
「忠告はした。全て覚悟の上で、向かって来たんだろう?」
部下には申し訳ない話だが、いっそ一対一の構図のほうが戦いやすいと男は思う。下手に人数が揃っていると、同士討ちを誘われる。多人数相手の立ち回りこそ、あの剣士の得意分野だったはずだ。それを警戒して、迂闊に手を出せなかった。結局被害を出したのだから、戦闘になる前に部下を連れて引き返さなかった自分の判断ミスには違いない。
万が一の事態に備えて応援を呼んでおこうと、装束の裏側に忍ばせた無線機へ手を伸ばそうとした、その時。
少し離れた地点の上空に、突如として青い魔力の光が打ち上がった。
「!?」
男たちが一斉に振り返る。
闇夜の中で幻想的に輝く青は、やがてその姿を水に変え、燃え尽きた花火のように地上へと降り注いだ。炎であれば落下地点で燃え広がったかもしれないが、水はただ、地表を濡らして流れていくだけ。攻撃の意図を持った行いには見えない。何かの合図だろうか。
「水魔法……水の国か!? 何故こんな所に……くそっ!」
ここに来て、他の勢力まで相手にできる余裕などない。リューズナードの足元に雑な雷撃を何発か打ち込んで遠ざけると、上官の男は部下を担いで森の奥へと走った。
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血痕を残しながら逃げ帰る男たちの姿を、リューズナードは黙って見送った。追い討ちをかけて仕留めることは容易いが、そうするよりも、国へ戻って村には近付かないよう進言してもらうほうが有益だと判断した為である。わざわざ命も意識も奪わない程度の一撃に抑え、恐怖を植え付けるような言動で戦意を削いでやったのだ。精々、大げさな報告をするといい。
そんなことよりも、だ。
「……おい、何故ここにいる」
今しがた、水魔法が落下した方向へ語りかけると、茂みの中からロレッタが姿を現した。
「……月の光の降り注ぐ夜に、雷の音が聴こえたもので」
「…………」
村を襲った激しい嵐が過ぎ去って以降、この付近で天気が崩れた日は、まだない。今日もまた、雲一つかかっていない晴天の一日だった。そんな日の夜中に鳴り響いた雷鳴。村の中央までは届かないだろうけれど、村境にある避難所であれば、薄っすら届いていても不思議ではない。