第26話
「はいはいっと。……ああ、そうだ、リュー。今日これから、お前の家改築しに行くから、しばらく避難所で寝泊まりしてくれ。悪いけど、ロレッタちゃんもな」
「え?」
「??? ……改築? なんの話だ」
「お前の家、物が無さすぎるんだよ。物を置くスペースもねえし、生活しづらいだろ。風呂とか食器とか無くて、ロレッタちゃん困ってたんだぞ」
そう言えば以前、風呂の相談をした時にそんな話が出ていた気がする。その場限りの冗談ではなく、本気で言っていたようだ。
眉間に皺を寄せたリューズナードが、ロレッタのほうを向いた。
「……おい、必要な物があれば言え、と言ってあっただろう。何故俺に言わない」
「あ、あの、それは、ええと……」
確かに初日にそんなことを言われたが、あの頃は、必要以上に話しかけるのが怖かったのだ。それに、風呂が無いのが村の普通なのかどうかが判断できなかったから、というのもある。彼の家が異常に質素なだけなのだと、今なら分かるが。
「何も無さすぎて絶句したんでしょう? 言わせなかったあんたが悪いわよ」
「そうそう。この前の嵐で外もボロボロになってるし、他の家も順番に補修していくけど、まずはお前の所からだ。とりあえず、もう少し間取り広げて、内風呂付けるぞ」
「風呂桶なんか、中にあったら邪魔だろう。外でいい」
「はあ!? リューあんた、ほんとデリカシーの欠片もないわね! お風呂の度に、女の子に外で全裸になれって言ってるの!? 馬鹿じゃないの!?」
「どこででも生活できちまうお前の意見は聞いてねえよ」
「……俺の家だぞ」
「「ロレッタちゃんの家でもある!!」」
「…………」
ムスッとした顔で押し黙るリューズナードに、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。ロレッタはただ、どうするのが正しいのかを知りたかっただけであって、彼の生活を侵害したかったわけではない。家主が望まないのなら、居候の自分が引き下がるべきだ。
「あの、皆様、私のことはどうか、お気になさらず……。補修や改築が必要なのであれば、リューズナードさんのご意思を尊重してください」
恐る恐る口を挟むと、リューズナードがロレッタを見て、怒っているような、困っているような、なんとも形容し難い表情を浮かべた。数日前に家事の提案をした時も、こんな表情をしていたように思う。一体どういう感情なのだろうか。
「……もういい、好きにしろ」
大きな溜め息と共にそれだけ言い残し、リューズナードは住人たちの輪を抜けて村の外へと歩いて行ってしまった。周囲は「よっしゃあ!」と沸き立っているが、ロレッタはリューズナードの気分を害してしまったのかと気が気ではない。
遠ざかる背中を眺めておろおろしていると、盛り上がる輪の中から男性が一人、こっそり抜けて声をかけてきた。
「ロレッタちゃん、ロレッタちゃん!」
「あ……ウェルナーさん」
人好きのする笑顔で穏やかに話す彼は、嵐があった際に水門を閉めに来ていた内の一人だ。年の頃はリューズナードと同じか、少し上くらいに見える。どのみち、ロレッタからすれば年上の存在には違いない。この村に来てから結婚し、子供も授かって幸せに暮らしていると聞く。
「へへへ、ありがとうね」
「……ええと?」
「リューの奴、誰よりも働くくせに自分は全然贅沢したがらないから、どうにかできないかな、って皆で手焼いてたの。せめて家ではゆっくり寛ぐくらいしてほしかったんだけど、何言ってもあいつ『要らない』の一点張りだったんだ。でも、君のお陰でようやく手出しができるようになった。俺、リューとは結構付き合い長いけど、あいつが折れるところなんて初めて見たよ。だから、ありがとう」
ウェルナーが心底嬉しそうに笑った。住人たちも、やたらと押しが強い気はしていたが、他でもないリューズナードの為でもあるからだったのか、と納得する。
「そうだったのですか……。けれど、リューズナードさんのご機嫌を損ねてしまったのでは……?」
「ん? 怒ってはいないでしょ。どうしていいのか分かんないだけだよ。あいつ、人に寄り掛かるのも、肩の力抜くのも、下手くそだから。でも、『自分の為』って理由だと頑なに頷かなかったあいつが、『ロレッタちゃんの為』って理由ならちゃんと考えようとしてたの、すげえ良い兆候だと思うんだ。面倒な男だけど、愛想尽かさないでやってね」
「は、はい……」
どう返すべきなのか判断できず、ロレッタは曖昧に頷いた。
解釈を間違えてはいけない。今回はたまたま「ロレッタの為」だっただけであって、本質的には「自分以外の誰かの為」だから、リューズナードは折れたのだ。対象が別の人物だったとしても、同じやり取りは起きていたはず。もしかしたら、思うほど嫌われているわけではないのでは……なんて、都合の良い喜び方をするべきではない。
はしたない自分を戒めつつ、ロレッタはウェルナーへ別の質問を投げかけた。
「ウェルナーさんは、リューズナードさんのことをよくご存知なのですね。それほど、古くからのお知り合いなのですか?」