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Gemstone  作者: 粂原
第5章 戦う理由
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第25話

――――――――――――――――――――



 日の出と共に起床して、思考の余地を潰す為にひたすら体を動かして、疲労に引きずられながら深い眠りへ落ちて、逃げるようにまた起きる。


 この数年間、ずっとそうして過ごしてきた。きっと、これから先も。それでいい。そうでなければならない。


 ――眠りが浅いと、夢をみる。


 忘れることなどできはしないのだろう暗い記憶が、走馬灯のようにゆっくりと思考を埋め尽くしていく。走馬灯なら、まだ良かった。走馬灯であれば、途切れた先には死が待っている。


 夢では、途切れた先に明日がある。また、新しい日を生きていかなければならない。絶望感に足を取られながら。失望感に腕を引かれながら。無力感に首を絞められながら。喪失感に胸を焼かれながら。


 あと何度、こんな夜を繰り返すのだろう。分からない。分からないまま、漠然と明日が訪れる。そうして何度でも、同じ夢をみるのだ。



――――――――――――――――――――



 三日間の療養で熱が下がり、それから二日間の安静を経て、ロレッタの体調は完全に回復した。休んでいる間は住人たちが見舞いに来てくれていたので、食事も着替えも困らなかったし、寂しいとも思わなかった。本当に温かな人々だ。


 たまに、食事の中にルワガの実が並んでいることもあったが、とても綺麗に食べやすく切り分けられていたので、リューズナードが現物の調達だけして調理は他の住人に頼んだのではないかと思う。少し残念な気がしたものの、ありがたくいただいた。


 ロレッタが魔法を使える人間であることは、初日に公言したので住人たちは皆知っている。そして、今回の川の氾濫を魔法で食い止めたのだということも、すでに伝わっていたようだった。魔法を恐れる人々の生活区域で力を行使してしまったことを、申し訳なく感じていたロレッタだったが、住人たちからは感謝の言葉しか貰っていない。


 「村を救ってくれてありがとう」とも言われたが、同じくらい「リューズナードの無茶を止めてくれてありがとう」とも言われた。どちらかと言えば、後者のほうが感謝の比重が大きかったような気がする。最悪、村はもう一度作り直すことだってできるけれど、仲間の犠牲は永遠に取り戻せないのだから。


 魔法を恐れる気持ちを払拭することは難しいが、少なくともロレッタを恐れる気持ちを抱いた住人はいないようで、心の底から安堵した。




回復した翌日。病み上がりでいきなり畑作業は危ないからと、その日は終日、サラたちの家の家事や住人間の簡単なお使いをして過ごした。そうして夕刻に帰宅し、家屋の掃除に励み、就寝前にもう一度、一人分の食事を作ってリューズナードの寝床の横に置いておいてみる。翌朝、空になった食器が流し台に乗せてあるのを見つけて、言い知れない達成感を覚えたのだった。


 ロレッタが畑作業の手伝いに復帰する頃には、畑の水抜き作業は終わっていて、元通りの状態に見えた。しかし、溢れるほど雨水を吸ってしまった土壌は手入れをし直す必要があるそうで、数日前からサラや他の住人たちが手分けして耕している。ロレッタも長靴と鍬を借りて水気の残る土壌へ踏み込んだ。


 久しぶりの農作業は足腰にクるものがあったが、その痛みがなんだか不思議と心地好い。王宮に閉じ籠っていた頃よりもずっと、生きている実感がある。


 楽しくなったロレッタが鍬を大きく後方へ振りかぶると、ぬかるんだ地面に足を取られて踏ん張りが利かなくなってしまった。ずるりと仰け反り、そのまま後ろに転倒すると身構えた、その時。


 ――パシッ。


 畑の外側から伸びてきた手が鍬を掴み、その場で静止させる。ロレッタの体重と鍬の重量を片腕で軽々と支えたかと思うと、ゆっくり力を込めて鍬を押し返し、ロレッタを前傾姿勢へ戻してくれた。


「……気を付けろ」


「は、はい……ありがとうございます、リューズナードさん……」


 自分が転倒したことにも、彼が助けてくれたことにも、彼の腕力にも驚いたロレッタは、唖然と瞬きを繰り返す。リューズナードは呆れたような表情でこちらを見ている。妙な沈黙が渦巻く最中、一連の流れを周りで見ていた住人たちから「おぉ~……」と、よく分からない感嘆の声が上がった。リューズナードが訝し気な視線を送る。


「なんだ」


「いやあ? お前、結婚した割にロレッタちゃんに冷たいって言うか、ちょっと距離置いてるような感じがあったから、上手くいってねえのかなって心配してたんだけどさ。ちゃんと気にかけてたんだな!」


「……どうでもいいだろう」


(…………)


 気にかけてくれている、のだろうか。確かに最近は、出会ったばかりの頃と比べれば、話しかけるのに勇気が要らなくなったような気はする。


 他の住人たちへの接し方を目の当たりにして、彼が冷たい人間でないことは、だいぶ前から分かっていた。ただ、自分が警戒されていたり、嫌われていたりするのも、仕方のないことだと分かっていた。だからなのか、ほんの些細な出来事であっても、コミュニケーションが取れると喜んでしまう自分がいるのだ。彼の自宅の家事でさえ、もはや労働だと思っていない節がある。


 コミュニケーションは、互いに相手へ歩み寄ろうという気持ちを持っていなければ取れないものだ。つまりは、そういうことなのだろうか。

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