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Gemstone  作者: 粂原
第4章 嵐の夜
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第23話

 リューズナードは何も言わずにロレッタを眺めている。


(何か言ってくれないかしら……)


 機嫌を損ねてしまったわけではなさそうだが、真顔で静止しているだけ、というのもなかなか迫力があって萎縮してしまう。声をかけようか迷っていた時、彼がボソッと呟いた。


「……お前は、」


「?」


「姉とは全く似ていないな。容姿も中身も、何もかも」


(…………)


 何故、突然そんなことを言われたのかは分からない。ただ、自分が姉と似ていない、というのは、ロレッタの中に息づいている「当たり前」の一つだった。


 ミランダとは、肌や瞳、髪の色は同じだが、目立った共通点と言えば、そのくらいだ。彼女が備えているような、視線一つで男を惑わす美しい容貌も、女性らしい色香の漂う体付きも、ロレッタは持ち合わせていない。さらに、世間知らずの自分と違って、ミランダには高い見識とそれを活用できるだけの頭脳がある。強硬策に近い政治手腕を振るうケースもあるが、それらによって水の国(アクアマリン)で暴動や謀反が企てられたことなど一度もなかった。交渉や人心掌握もまた、彼女の得意とするところなのだ。


 全てにおいて、自分が姉と並べる点など無い。人から指摘されずとも、自分が一番分かっている。


「……はい、承知しております」


 形だけとは言え、どうせ婚姻関係を結ぶのならば、姉のほうが良かっただろうな、と。改めて申し訳ない気持ちになった。


 クウゥ……。


「! し、失礼致しました……」


 ロレッタの腹が、悲し気な音を立てて飢餓を主張する。慌てて抑えても、もう遅い。しっかりとリューズナードにも聴こえてしまっただろう。はしたないことをしてしまった。呆れられてはいないだろうか。


「最後に飯を食ったのは、いつだ」


「え……ええと、いつ、でしょう……? 昨日の昼食はご馳走になったのですが、もしかしますと、それが最後だったかもしれません……」


 そう言えば、昨夜は夕食を摂った記憶がない。夜間から明け方にかけて川の氾濫に立ち向かい、それからさらに夕刻まで寝ていた、という話なので、すでに丸一日食べていないことになる。空腹状態で暴風雨に晒され、体力と魔力まで使い果たしたのだから、発熱だってするわけだ。


「それなら、食えるな」


「え?」


 言うなり、すっと立ち上がったリューズナードが、台所のほうから半円型の皿を持って戻って来た。自身が座り直すのと同時に、皿をガチャリとロレッタの枕元に下ろす。


 皿の上には、小さくカットされた白い果物と、フォークが乗っていた。


「こちらは……ルワガですか?」


「ネイキスたちから聞いた。それを食べると、魔力が回復して元気になるんだろう? ……俺には分からなかったが」


「召し上がったのですか?」


「……一応、毒見はした」


「毒見、ですか……ふふふ、わざわざありがとうございます」


 ルワガは、魔法国家では一般流通されている果物だが、この村では食べる習慣がないのだろうな、と思い当たる。味付けなしではそれほど美味しくもないし、魔力の回復も実感できないのだから、当然なのかもしれない。


 生前の母が、幼い自分に食べさせてくれた、ルワガの実。子供の口でも食べやすいようにと小さく切り分けられ、栄養のある甘い蜜が垂らされたそれを頬張ると、病んだ体が不思議と安らぐような心地がしていた。ロレッタへ惜しみない愛情を注いでくれる母の手と眼差しが、優しくて、温かくて、大好きだった。


「……いつまで見ている」


 懐かしい気持ちで眺めていたが、横からかかった声に意識を引き戻される。振り向けば、リューズナードがなんだかバツの悪そうな顔をしていた。


「不揃いで悪かったな。俺は細かい作業があまり得意じゃない。腹に入れば同じだろう。さっさと食え」


「え……あ、もしかしますと、こちらは、リューズナードさんが切り分けてくださったのですか……?」


 ふいっ、と顔を背けられる。


「……だったら、なんだ」


 村の外にしか生息していないのだから、採ってきたのは彼だろうとは思ったが、切り分けたのは他の誰かだとばかり思っていた。勇猛に刀を振るう彼が、台所で小さなナイフを握る姿は、いまいち想像できない。


 改めて見てみると、確かに皿の上の果実たちの中には、大きく口を開かないと入らないサイズのものもあれば、見失いそうなほど小さなサイズのものもあるし、不自然に角が突き出ているものもあれば、形が崩れてフォークが刺せなさそうな状態のものもある。母が用意してくれたものと比べて、明らかに見栄えが悪い。甘い蜜もかかっていない。けれど。


「ありがとうございます。いただきますね」


 大きな欠片を半分に割り、フォークで刺して口へ運んだ。なんとも言えない味のする実をしっかり咀嚼して、喉の奥へと流し込む。


「とても美味しいです。なんだか少し、温かくなった気がします」


「……そうか」


 枯渇していた魔力が戻る感覚もあるが、それ以上に、頑張って用意してくれたのだろう彼の気持ちが嬉しくて、ふわふわと温かい心地になった。

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