第20話
三人が一斉に視線を向ける。
「お前……何してる! さっさと村へ戻れ!」
「ロレッタちゃん、なんでこんな所に来たんだ!? 避難所はこっちじゃないぞ!」
「分かっています。私は自分の意思でここへ来ました」
弾む呼吸を整えながら、ロレッタは三人の元へ歩み寄る。
「ゲルトさん、ウェルナーさん、どうかご家族の元へ。こちらはお任せください」
「任せるって……」
「私が止めてみせます」
先ほどまでリューズナードに詰め寄っていた二人が、揃って顔を見合わせる。状況を飲み込めてはいない様子だが、ロレッタの強い眼差しに、何かを感じ取ってくれたようだった。
「……あー、もう! よく分かんねえけど、リューを説得してくれるならなんでも良いよ!」
「どうせ俺たちが何言っても聞かねえんだ、頼んでいいか?」
「はい」
ロレッタが恭しく頭を下げると、ゲルトとウェルナーは「絶対に二人で戻って来るんだぞ!」と言い残し、村のほうへ走って行った。
その場に残ったリューズナードが、鋭く睨みつけてくる。
「……何故、ここへ来た」
低く威圧するような声音に体が竦む。しかし、ここまできて引き返す選択肢は、もはやない。
「先ほどの理屈が通るのならば、私はここに居ても良いはずですよね。紛い物とは言え、私は今……あなたの家族なのですから」
「何を言っている。ここに居たところで、お前にできることなんてないだろう」
ロレッタの小柄な体格と細い腕では、力仕事を手伝うことは難しい。それは自分でも分かっている。けれど、今この場で、ロレッタにしかできない戦い方も確かにあるのだ。その為に、ここへ来た。
「お忘れかもしれませんが、私は水を統べる国の王族です。自ら創り出した水でなくとも、魔力を直接注ぎ込めば支配下に置くことができる。……手の届かない雨雲を晴らすような芸当は、さすがにできませんが、河川の水ならば対処も可能かと思います」
「……!」
堤防の淵に立ち、荒れ狂う川を見下ろした。
泥も、岩も、木も、無差別に吞み込んだ濁流が、轟音を伴いながら凄まじい速度で流れていく。人間が巻き込まれれば、抵抗の余地も無いまま全てを奪われてしまうだろう。目の前の光景は、紛れもなく生命を脅かす災害だ。
しかし、ロレッタは幼い頃に母から教わった。この世に存在する全ての水は、自分の味方である、と。優しく触れて語り掛ければ、必ず応えてくれる友なのだ、と。
どんな時でも水を恐れず、寄り添いながら共に歩み続ける。それが、水の国の王族として生まれた者の矜持だ。
その教えで誰かを救うことができるのならば、これほど嬉しいことはない。
「…………要らない」
「え?」
聞こえた言葉に耳を疑い、思わず振り向いた。どこか苦しんでいるようにも見える表情のリューズナードが、それでも強くロレッタを拒絶する。
「この村を守るのに、魔法の力なんて必要ない! そんなものがなくても、俺たちは生きていける! 余計なことをするな!」
村で生活している人々は皆、魔法が使えないことが原因で、魔法によって虐げられてきた人間ばかりだ。目の前の彼も、その内の一人。簡単には信用できなくなっているのだろうな、と思う。ロレッタ個人を、ではなく、魔法そのものを。
それはある種、仕方のないことではある。そうなってしまうのも頷けるような仕打ちを、彼らは受け続けてきたのだから。けれど、どうか今、この瞬間だけでも、耳を傾けてほしい。
恐らく彼も、心のどこかでは分かっている。今回の規模の天災は、人間の力だけでは防ぎきれない。分かっているから、仲間たちを先に逃がしたのだ。その上で、自分だけは最後まで微力な抵抗をし続けるのだと言う。なんと愚直な覚悟だろうか。
彼にとって、この村の人々がどれだけ大切なのかは、これまでの暮らしぶりを見ていてよく分かった。今となっては、ロレッタも同じだ。村の住人たちも、穏やかな生活も、決して失いたくない。だからこそ。
その覚悟を、曲げてほしい。
「――そんなことを、言っている場合ではないでしょう!!」
生まれて初めて、ロレッタは腹の底から叫んだ。