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Gemstone  作者: 粂原
第4章 嵐の夜
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第18話

 その日は、朝から雨が降っていた。


 明け方から降り続けていた雨脚が、時間経過と共に勢いを増していく。村には動物の毛皮で作った外套が普及している為、多少の雨ならば外での作業も続行可能だ。しかし、昼過ぎには雨に加えて激しい風まで吹き荒れ始め、住人たちもいよいよ作業を断念した。


 ロレッタも数刻前にサラたちの家へ避難させてもらい、借りたタオルで髪の水滴を拭いながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。


「今日はもう、畑仕事は無理そうね。ロレッタちゃん、どうする? 帰るのが難しいようなら、このまま泊まっていっても構わないけれど」


「ロレッタお姉ちゃん、泊まるの!?」


「れーたん、おとまり!」


 嵐など意にも介さず、キラキラした瞳ではしゃぐ子供たちが微笑ましい。言葉に甘えて厄介になり、疲れ果てて寝落ちてしまうまで一緒に遊び倒すのも魅力的に思える。しかし、ロレッタは首を横に振った。


「ありがたいご提案ですが、遠慮させていただきます。リューズナードさんになんの断りもなく外泊するのは、気が引けますから」


「あの子だって、この状況で文句を言ったりはしないと思うけれど……。言ったら私が叱り付けるから大丈夫よ」


「ありがとうございます。ですが、これでも一応、監視されている身ですので……」


 村に来て最初の日に、リューズナードはロレッタのことを、責任を持って監視しておく、と言っていた。彼の中で、ロレッタはまだ「村の仲間」ではなく「魔法国家から押し付けられた監視対象」なのだろう。関係性が築けていない今、余計な心労を増やすようなことはしたくない。


「ううん……ロレッタちゃんがそうしたいのなら……でも、何かあったらいつでも言ってね。ちゃんと戸締りもするのよ」


「戸締りをしたら、リューズナードさんが締め出されてしまうのでは……」


「リューは丈夫だから平気よ。自分のことを一番に考えなさい」


「ふふふ、ありがとうございます」


「ロレッタお姉ちゃん、帰っちゃうの……?」


「れーたん、ばいばい?」


「はい、今日はこれで失礼致します。明日晴れていたら、たくさん遊びましょうね」


 名残惜しそうに見上げてくるネイキスとユリィに後ろ髪を引かれたものの、いつも通り笑顔で別れの挨拶をする。それから湿った外套をしっかりと被り直したロレッタは、吹き荒ぶ風雨の中を一目散に駆け出した。




 家にたどり着いた頃には、ロレッタの全身は水浸しになっていた。体力はもちろんだが、体温もだいぶ奪われている。水を吸った外套を脱いで土間に置き、手早く着替えてから囲炉裏に火を点けて暖を取った。


 質素な作りの家屋が、風に煽られてガタガタと揺れている。横殴りの雨に襲われている窓など、今にも割れてしまいそうだ。時折、鈍い音が聴こえてくるのは、飛ばされて来た木片か何かがぶつかっているのだろうか。


 ロレッタは、冷えた体を抱えるように縮こまった。


(一人きりって、こんなに心細いと感じるものなのね……知らなかったわ)


 王宮では常に誰かが傍で控えていたし、どんな悪天候でも建物自体が揺れ動くことなどなかった。自分の中の当たり前が、また一つ、突き崩されていく感覚。日常生活での発見は楽しいものばかりだが、今回のようなことはできれば遠慮したいところである。


 一人この家で過ごす時間にも、ずいぶん慣れたつもりでいたのに、ここにきて初めて「寂しい」という気持ちを自覚してしまった。


(……戻って来ては、くれないかしら……)


 もう長らく口を利いていない同居人の姿を思い浮かべる。この期に及んで、話し相手になってくれ、とまでは言わない。ただ、近くに人の存在を認識できるだけで、この胸の不安は和らいでくれる気がするのだ。たとえそれが、自分をひどく嫌っている相手だったとしても。


 孤独に押し潰されそうな心地で、静かに揺らめく炎を眺め続けた。




 どのくらい、そうしていただろうか。時間の感覚が分からない。太陽や月の光が届かなければ、この村では朝と夜の区別さえも朧気になる。嵐は未だに収まる気配を見せていない。


 体力も体温もおおよそ回復し、他にやることのないロレッタの目蓋が重くなり始めた頃。突然、家屋の扉を強く叩く音が響いた。何かがぶつかっているのではない。人の手で繰り返し、無遠慮に叩いている。


「ロレッタちゃん、いるか!? 開けるぞ!!」


 ひどく焦った男性の叫び声がしたかと思うと、建付けの悪い扉が力任せにこじ開けられた。見知った住人の男性が、息を切らしてロレッタを見る。


「ど、どうされたんです――」


「すぐに避難してくれ! 川が氾濫する!」


「え……!?」


 言いながら男性は、中へ上がり込んで囲炉裏の火を消し、困惑するロレッタに外套を被せた。説明する時間も惜しいのだろう。手を引かれるまま、ロレッタは再び嵐の中をひた走ることになった。

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