表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gemstone  作者: 粂原
第3章 村の生活
16/159

第15話

 それからロレッタは、半日かけて村の生活様式を教わった。この村では、生活に必要な物品の生産を各家庭で分担し、互いに分け与えながら日々を過ごしているらしい。


 水田で穀類を育てる者もいれば、畑で野菜を栽培している者もいるし、衣類や布地の加工を行う者に、紙や炭、筆といった道具を製造している者、子供たちに勉強を教える者もいる。数日に一度、住人全員で炊き出しを催すこともあるそうだ。皆が顔見知りということもあり、生活の中に金銭のやり取りは発生しない。


 サラの家では、家屋の正面にある畑で野菜の栽培に勤しんでいる。しかし、足を怪我してからというもの、思うように農作業ができなくなって困っていたそうだ。その為、ロレッタはしばらくの間、サラの家の農作業を手伝わせてもらうことにした。


 王宮育ちのロレッタは、もちろん農具を扱った経験など持ち合わせていない。鍬を振りかぶればバランスを崩して転倒し、鎌で草刈りをすれば自分の指まで切り付けそうになった。近くで作業している住人も、まだ幼いネイキスたちでさえも心配で声をかけてくる有様。しかし、ロレッタはめげずに作業へ打ち込んだ。


 そうして日が沈むまで働き、そのまま夕飯も馳走になった。質素だが賑やかな食卓に、心がじんわりと温かくなる。また明日、と明るい別れの言葉を残して帰路についた。


 慣れない全身運動による疲労は凄まじいもので、家に着く頃には腕も足も、まともに言うことを聞かなくなっていた。よくここまで歩いてこられたものだと、珍しく自分を褒めてやりたい気持ちにさえなる。明かりの一つもない部屋で、ロレッタはふらりと寝床へ倒れこみ、気絶するように眠りに落ちた。


 目が覚めると、辺りは薄暗かった。まだ夜中なのかとも思ったが、どうやら天気が崩れているだけで、時間帯は朝のようだ。軽く背伸びをした途端、体のあちらこちらから悲鳴が上がって驚いた。しっかり筋肉痛になってしまっている。


 なんとか体を起こして室内を見回すも、やはり家主の姿はない。使い方の分からない道具たちが、静かに鎮座しているだけだ。昨日と同じ要領で身支度を整えたロレッタは、いそいそとサラたちの家へ出掛けた。




 朝から畑に水と肥料を撒き、雑草を刈り取っていると、あっという間に昼時になる。その日は、サラが用意してくれた大量の握り飯を囲いながら、近隣住民の皆と一緒に食事を摂った。作業の進捗から家庭の愚痴まで、住人たちの楽し気な会話は途切れることがない。知らない世界の物語を読み聞かせてもらっているような気持ちで相槌を打つ。


 せっかくなので、ロレッタも気になることをいくつか質問してみた。まずは、明かりの点け方や流し台の使い方について。この二つはどこの家庭にも似た設備があるようで、聞いたそばから実物を持ってきて、使い方を実演してくれた。


 それから、もう一つ。リューズナードの自宅には、風呂場が見当たらなかった。水資源の豊富な水の国(アクアマリン)では浴室の無い家庭などあり得なかったが、この村の常識は違うのかもしれない。皆はどうしているのか尋ねたところ、大人たちが一斉に頭を抱えた。


「そう言えばあいつの家、風呂無かったな……。本人は『川や井戸で水を被れば十分』とか言っていたが……」


「そんな家で女の子が暮らせるわけがないじゃない!」


「結婚祝いってことで、あいつの家、改築しに行くか?」


「いいな、それ! 近いうちにやろうぜ!」


 盛り上がる住人たちを見て、ロレッタは心の中でリューズナードに謝罪する。もしかしたら、余計なことを言ってしまったのかもしれない。彼の自宅は無事で済むのだろうか。


 ひとまず、当面の間、ロレッタの食事や入浴はサラの家で面倒をみてもらえることになった。




 日が暮れるまで農作業と家事を手伝い、体の疲れに任せて床につく。それだけを繰り返す生活が始まって、およそ二週間が過ぎた。カレンダーのような物が無いので正確ではないかもしれないが、体感ではそのくらいだ。


 サラの足はほとんど完治していたものの、ロレッタは自ら頼み込んで手伝いを継続している。手が空けば他の家庭の作業も見て回り、たまに体験させてもらいながら、少しずつ村での生活や住人たちの輪に溶け込んでいった。


 良く言えば牧歌的、明け透けに言えば原始的な暮らしは、毎日が新鮮な驚きと感動に溢れている。見る物、触れる物、聴く音、全て王宮の本には載っていなかったものばかりだ。自分の世界が如何に狭かったのかを思い知る日々が、楽しくて仕方がない。小さなことにもひとつひとつ純粋な反応を示すロレッタを、住人たちも可愛がってくれるようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ