第77話
避難所に到着し、シルヴィアの母親を布団へ寝かせると、ロレッタたちは腰を据えて各々の情報を共有し合った。ここまでの道中では、フェリクスが馬車を操縦していたり、シルヴィアが母親の面倒をみていたり、ロレッタとリューズナードが不規則に眠っていたりした為、未だ当事者間でも互いに把握しきれていない部分があるのだ。
住人を代表してついてきたウェルナーは、あまりの情報量に一人で百面相をしている。口を挟むのは堪えていたが、リューズナードの報告でとうとう我慢できなくなったようだった。
「国王を殺したぁ!? え、国王って、俺たちが国に居た頃と同じ、あいつ? ツェーザル・バッハシュタイン!?」
「ああ」
「ああ、ってお前……!」
平然と言ってのけるリューズナードに、ウェルナーが口をパクパクさせる。普段は喋るのが大好きな彼ですら、流石に言葉が出ないでいるらしい。やがて静かに項垂れた。
「……お前さあ、水の国へ行った時も、ロレッタちゃんの家族と揉めた、とか言ってなかった? 出掛けるのは勝手だけど、行く先々で王族に喧嘩売って帰って来んなよ。敵作る天才か?」
「魔法国家の王族なんて、ロレッタ以外は元から敵だ。…………あ? おい、何故ロレッタが王族だと知っている?」
「え。……あ、いや、その話は今いいだろ……っ」
「え!? ロレッタさんって、水の国の王族なんですか!?」
「あの、ええと……」
話が徐々に逸れ始めてしまった。自分がその起点になってしまっていることもまた申し訳なくて、ロレッタはなんとか軌道修正を図る。
「ウェ、ウェルナーさん。ひとまず、私たちが炎の国へ赴いた理由と、原石の村へ戻って来るまでの経緯は以上です。事前の相談もなく行動し、御心配をおかけしてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
「やめてくれない? ロレッタちゃんに謝られたら、何も言えなくなっちゃうじゃん。その言葉はリューの口から聞きたかったよ」
「先に話そうが、後に話そうが、同じことだろう」
「同じじゃねえわ! お前はもっとヤベェことした自覚持てよ、まったく……。……で?」
ウェルナーの視線がフェリクスとシルヴィアへ移る。すでに顔見知りであるフェリクスはなんでもなさそうな様子だったが、シルヴィアは随分と萎縮しているように見えた。
「本当は炎の国の出身だったフェリクスの仲間、ってのが、魔法を使えるシルヴィアちゃんとそのお母さん、ってことね」
「は、はい……」
ロレッタやリューズナードと話していた時とは違う、少し固い表情。嘘をついていたフェリクスと、魔法が使えるシルヴィアに対して、警戒心を抱いてしまうのは仕方がないのかも知れない。他の住人たちも、恐らく同じ反応を示したのだろうと思う。
平静を装ったウェルナーが二人へ問いを投げかける。
「君たちは、これからどうしたいの? ここに住みたいの?」
「で、できれば……」
「私は出て行きます。母とフェリクスだけ住まわせてもらえれば十分です」
「シルヴィア!」
「どっか他所へ行く宛てでもあるの?」
「炎の国からここへ来るまでに使用した馬車は、自分で購入した私の所有物です。行く宛てはありませんが、車中泊でもしながらゆっくり今後のことを考えていきたいと思います。皆様にご迷惑はかけません」
「は!? 何言ってんだよ! そんなの駄目だ!」
「うるさい! あんたは黙ってて!」
頑なな態度のシルヴィアに、フェリクスが食ってかかる。彼女が一人で身を引くつもりでいたことまでは知らなかったらしい。不穏な空気を纏う二人を、ウェルナーは難しい顔で観察していた。
魔法を使える自分が原石の村に居ることに、罪悪感を覚える気持ちは痛いほど理解できる。ロレッタも、それについては散々悩み、迷走し、迷惑をかけた。今でこそ仲間として居場所を与えてもらってはいるけれど、誰か一人でも異を唱える者がいるのであれば、すぐにでも出て行く覚悟はある。
魔法を使える人間と生活を共にすることを、皆はどう思っているのだろう。ロレッタは自分の服の裾を握り締めた。無責任に口を出して良いことではない気がして、静かに成り行きを見守る。
「お前は、どういうつもりで連れて来たんだよ?」
ウェルナーがリューズナードに尋ねた。リューズナードは黙って視線だけ返した。
「ロレッタちゃんの時はさ、お前が選んで連れて来た人だ、っていう前提があったから、皆も受け入れる努力をしたんだと思う。けど、今回は違うじゃん。お前も、俺たちも、この子のことをほとんど知らねえ。何かのきっかけで、目の前で炎魔法でも見せつけられたら、俺普通に吐いたり気絶したりするぜ、たぶん。他の皆も悲鳴上げて逃げ出すよ」
「な……シルヴィアはそんなことしませんよ!」
「俺たちに嘘ついてたお前の言葉に、どれだけの信憑性があると思ってんの?」
「っ…………」
非人と呼ばれ、謂われなく蔑まれ続けてきた彼らの傷は深い。きっと、ロレッタには想像すらできないほど根深いものだ。どれだけ時が経とうとも、完全に癒えることなどないのだろう。そう思えてしまうくらいに、ウェルナーの声は淡々としていた。