第76話
やがて小さな人集りの中から、ウェルナーの吠える声がした。
「リューお前、『戻ったら説明する』っつったよな? なんで炎の国なんかに行ったのか、そこで何やらかしてきたのか、洗いざらい吐け!」
ロレッタは村を出立する日に二人がしていた会話を思い出す。七年前、リューズナードの心が折れた瞬間に立ち会った仲間たちは、今回も気が気ではなかったことだろう。ウェルナーも掴み掛かりそうな勢いである。
それを分かっているのか、いないのか。リューズナードは平常時と変わらない真顔で応えた。
「少し待て。病人がいるんだ、先に運ばせてくれ」
「病人? ……つーか、なんか増えてね? 誰?」
「フェリクスの仲間だ」
「は? お前ら、炎の国に行ったんだろ? フェリクスは水の国の出身だって言ってなかった? なんで炎の国に仲間がいるんだよ?」
「避難所で話す。ロレッタ、扉を抑えていてくれないか」
「は、はい!」
「はあ……?」
原石の村へ来た当初、フェリクスが自身の出身国を偽っていたのだということを、そう言えばまだ誰にも説明していなかった。本当に何も話さず出てきてしまっていたことに、ロレッタは今さら気が付いた。頭上に大量の疑問符を浮かべているウェルナーたちへ罪悪感が募る。
リューズナードが敷地の外へ出たのを見て、ロレッタは言われた通り通用口の扉を開いて待った。やがて馬車の中からシルヴィアの母親を抱えた彼が戻って来る。そのまま避難所のほうへスタスタ歩いて行く背中にフェリクスが続き、さらに釈然としない表情のウェルナーも続いた。ロレッタもついて行こうと思ったが、ふとシルヴィアが立ち止まっているのに気付き、不思議に思って声をかけた。
「……シルヴィアさん? どうかなさいましたか?」
「私はここまでで大丈夫です。フェリクスと母のこと、よろしくお願いします」
「え……?」
深々と頭を下げられ、困惑するロレッタ。先を歩いていたリューズナードたちも振り返り、その輪の中から真っ先にフェリクスが飛び出して来た。
「シルヴィア、何言ってるんだよ? ここまで、ってどういう意味だよ!?」
「そのままよ。忘れてるかも知れないけど、私は魔法が使える人間なの。村の皆様の気持ちを考えたら、足を踏み入れることなんてできない」
魔法が使えると聞いて、周囲にいた住人たちがざわついた。その反応を見たシルヴィアが淋しそうな笑みを浮かべる。
「……お母さんのこと、よろしくね」
「いや、そんなの……でも……!」
シルヴィア自身は魔法を使えるが、魔法を使えない母親が差別を受ける姿を見て魔法を憎むようになったと聞いた。元はフェリクスと共に炎の国への復讐を企てていたくらいだ。その気持ちは本物である。魔法を使えたところで、原石の村の人々を傷付けるような真似はしないだろうとロレッタは思う。
しかし、事情を知らない住人たちがいきなり現れた彼女を受け入れられるかどうかは、また別の問題なのかも知れない。また、本人の許可なくシルヴィアの事情を説明するわけにもいかない。少なくとも、魔法を使える側の人間であるロレッタが口出しして良い状況ではない気がする。
おろおろしながら成り行きを見守っていた時、村の敷地内から溜め息が聴こえた。リューズナードだ。
「話は避難所ですると言っているだろう。何かあれば俺が対処する。ひとまず、今は入れ」
「え!? いえ、そんなわけにはいきません! 私は母とフェリクスが平穏に暮らせるならそれで良いんです。皆様に不安を与えてしまうと分かっていながら、図々しくお世話になろうなんて、最初から考えてないですよ!」
尚も食い下がるシルヴィアに、リューズナードが淡々と返す。
「差別意識を持っている奴の口から、そんな言葉は出ない。……魔法を憎む気持ちと、魔法を使える人間を憎む気持ちは、似ているようで少し違う。魔法はどれも同じだが、魔法を扱う人間の中にはいろんな奴がいるんだ。俺はそれをロレッタから教わった。もちろん相手は選ぶが、お前のような奴の話なら、聞いてやっても良いと思う」
(……!)
ロレッタは目を丸くする。出会ったばかりの頃では考えられかったような発言だと思った。本人の言うような高尚な講釈を垂れた覚えなど全くないけれども、何かしら考え方を変えるきっかけがあったらしい。ロレッタが彼との出会いを経て自分の変化を感じているように、リューズナードも変わっているのだとしたら、なんだか少し嬉しかった。
「ほら、リューズナードさんもああ言ってるんだし、行こうぜ!」
「うわ! ちょっと、フェリクス……!」
フェリクスがシルヴィアの手を掴み、村の敷地内へ引き入れる。住人たちは困惑している様子だったが、先ほどのリューズナードの言葉があったせいか、過剰に怯えたり拒絶したりする素振りは見せなかった。ロレッタは通用口の扉を閉め、避難所を目指す一行の最後尾についた。