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Gemstone  作者: 粂原
第10章 帰還
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第75話

 体内時計が完全に狂い、日数の計算ができなくなった頃。ロレッタたちを乗せた馬車は、森の中でもどことなく見覚えがあるような道へ突入した。未だ見渡す限り緑一色なので、気のせいだと言われれば容易く信じてしまう程度の認識だったけれど。


 地理に強いリューズナードに尋ねてみようかと思ったが、彼は御者台の側でフェリクスに指示を出している。いちいち地図や方位磁針を確認するよりも、彼に聞くほうがよほど早いし正確だ。邪魔をするのは申し訳ないと思い、ロレッタは静かに外の景色を眺めた。


 炎の国(ルベライト)を出立してからここまで、追手に襲撃されるようなことは起こっていない。国境付近では兵士たちの姿を遠巻きに見かけたものの、通信機を片手に慌ただしく動き回っており、離れた道を行く馬車が咎められる心配はなかった。ロレッタたちを探しに来たのではなく、元々付近を警備していたのだろう。その上でさらに国王の崩御が伝わったタイミングでもあったのかも知れない。国境付近を離れてしまえば、後は静かなものだった。


「……あの、ロレッタさん。原石の村(ジェムストーン)ってどんなところなんですか?」


 シルヴィアが少し緊張したような面持ちで尋ねてくる。聞けば、彼女は炎の国(ルベライト)を出た経験がないのだと言う。周辺諸国との戦争が絶えない大陸であるのだから、それ自体は珍しい話ではない。王宮に閉じ籠っていたロレッタだって似たようなものだった。リューズナードと出会うまでは。


 村の様子を思い浮かべると、ロレッタは自然と笑顔になった。


「とても素敵な集落です。住まう人々が(みな)温かく、また全員で互いに支え合いながら生きる生活様式も私は気に入っております。暮らしに慣れるまでは戸惑うこともあるかも知れませんが、きっと優しく迎え入れていただけるでしょう。私も、そうでしたから」


 原石の村(ジェムストーン)でフェリクスと話した際、リューズナードは「争いの火種を抱える人間を受け入れることはできない」と言っていた。しかし、結果としてはフェリクスもシルヴィアも炎の国(ルベライト)へ実害を出さずに終わっており、加えて現在の炎の国(ルベライト)は国内情勢も不安定だ。今すぐ刺客を差し向けられるようなことにはならないのではないかと思う。であれば、村の仲間として受け入れてもらえるはずである。


「……そうですか。それなら良かったです。安心しました」


 眠る母の様子を見守りながら、シルヴィアが微笑む。魔法が使えない母親やフェリクスと共に、彼女が炎の国(ルベライト)でどんな生活を送ってきたのかは、ロレッタには想像もつかない。下手な声かけは控え、せめてこれからは穏やかな時間を過ごしてほしいと心の内で願った。




 それからまた時が経ち、空高く昇っていた太陽が降下を始めた頃、馬車が停車した。視界の端に見慣れた石の壁が映る。数日離れていただけのはずだが、様々なことがあり過ぎて酷く懐かしい気持ちになってしまう。


 シルヴィアの母親を除いた四人で馬車を降り、通用口の扉の前に立つ。リューズナードが手をかければ、古びたそれがギギギ……と頼りない音を響かせながら開いていった。この音さえ今は安心感に変わるのだから不思議なものだ。


 村の中は閑散としていて、誰の姿も見当たらなかった。まだ日暮れ前なので、住人たちの活動時間の範疇である。ロレッタは首を傾げた。


「皆様、どうされたのでしょうか……?」


「馬車の音が聴こえたんだろうな。敵襲に備えて、建物の中へ避難しているんじゃないか?」


「なるほど……」


 今回はシルヴィアの母親を運び込む都合により、原石の村(ジェムストーン)の敷地からさほど離れていない地点まで馬車で乗り込んだ。それが住人たちへ警戒心を与えてしまったらしい。申し訳なく感じていると、住宅からほんの僅かに顔の覗かせた住人が、ロレッタたちを見て思いきり叫んだ。


「あーー!! リュー! ロレッタちゃん!」


 その声を皮切りに、次々建物の扉が開いたかと思うと、住人たちが慌てた様子で飛び出して来た。水の国(アクアマリン)から戻った際も、こんな風に出迎えてもらったことを思い出す。この光景を見て、「帰って来た」と実感できるようになった自分の変化が誇らしい。


 住人たちが集まって輪を作り始めた、その時。先に到着していた住人たちをかき分け、強引に突っ込んで来た人物がいた。ウェルナーだ。彼は普段の気配りをどこかに追いやり、他の住人たちを無理やり押し退けると、自身の右腕でリューズナードの肩を、左腕でロレッタの肩を抱き込んだ。


「良かった……! 二人共、無事に帰って来てくれて……っ!」


 回された腕の力強さが、本人の気持ちを如実に物語っている。リューズナードと共に炎の国(ルベライト)で凄惨な日々を過ごした経験を持つウェルナーは、心配も一入(ひとしお)だったことだろう。押し退けられた住人たちから彼を咎める声は上がらず、リューズナードも無理に振りほどこうとはしていない様子だった。


 やがてウェルナーの後ろから一部の住人たちが押し寄せ、主にリューズナードを囲って揉みくちゃにし始める。確か全員、炎の国(ルベライト)の出身者だ。リューズナードやウェルナーと苦楽を共にした旧知の仲間たちである。ウェルナー同様、リューズナードの帰還に心から安堵しているのが伝わってくる。リューズナードが愛されている光景は、何故だかロレッタの涙腺に響いた。

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