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Gemstone  作者: 粂原
第9章 脱出
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第72話

「……よし、行くか」


「はい」


 十分とは言えないものの、少しだけでも疲労を軽減できた二人は揃って立ち上がった。周囲には、どっぷりと深い闇が広がっている。そして、ぼんやり見える赤い魔力の塊。王宮の外に(たむろ)する光は、時間と共に増えているようだった。


 足元に気を付けろ。それだけ言い残し、リューズナードが走り始める。先導してくれる彼の背中を追って、ロレッタも闇の中を駆けた。魔法を使えば周囲を青い光で照らすことができるが、炎魔法を操る人々が住まう国でそれをするのは、狙ってくれと懇願しているも同じ。わざわざ自分の居場所を報せる必要はない。


 何度も足を縺れさせながら、必死に前へ進み続ける。そうして正門までたどり着くと、先に到着していたリューズナードがロレッタのほうを振り向いた。ロレッタがはっきりと首肯すれば、彼もまた同じように首肯して、正門に手を掛ける。彼が蹴破ったせいでひしゃげた形を成すそれが、頼りない音を立てて開いていった。


「! お、おい、開いたぞ!」


「中はどうなっている!?」


「邪魔だ、どけ! 見えないだろ!」


(……?)


 門の外で待ち構えていたたくさんの光が、瞬く間にロレッタとリューズナードを囲い込んだ。ロレッタを背に隠すようにして、リューズナードが一歩前へ出る。彼はいつでも刀を抜ける臨戦態勢に入っていたが、その白刃が振りかざされることはなかった。


「……兵士じゃないな。民間人か?」


「そのようですね……」


 リューズナードの呟きに、ロレッタも小声で返す。


 集まっていた人々は、研究施設で見た衛兵でもなければ、王宮で見た騎士団員でもないようだった。視界が悪いせいでしっかりとは確認できないものの、着ている衣服が兵士たちのものとは明らかに違う。どちらかと言うと、昼間に市街地で見た一般市民の服装のように思えた。


「あなたたちは、一体誰ですか!?」


「王宮で何があったんですか! 敵襲でしょうか?」


「答えてください!」


 人集りのあちらこちらから、口々に質問が飛んで来る。どうやら、中の様子を知りたがっているらしい。よく目を凝らして見れば、人々のうちのほとんどが、手に紙やペンを握っている。逡巡の後、ようやくロレッタは合点がいった。


「もしかしますと、報道関係者の方々かも知れません。国の主要施設で大きな騒ぎを起こしてしまいましたから、取材にいらしたのではないかと」


 これだけ派手に暴れたのだから、国民が異常を察知し、不安を感じるのは当たり前だ。そしてその不安を解消するべく、真実を伝えようとする者が動くのも、また道理。王都の街のほうからも、夜分とは思えない喧騒が聴こえる。


 炎の国(ルベライト)を速やかに立つ為には、この場をどう切り抜けるのが正解なのだろうか。ロレッタが答えを出すよりもずっと早く、臨戦態勢を解いたリューズナードが声を張った。


「国王陛下、ツェーザル・バッハシュタインが死んだ! 今、兵士たちが対応に当たっている。敵国の襲撃を受けた可能性もあるが、詳しいことは分かっていない。あとは中に居る兵士か王子にでも聞け」


「……! 陛下が、お亡くなりに……!?」


「王太子殿下の蘇生魔法があるんじゃないのか!?」


「敵国の襲撃とは、どういうことですか!」


「中の奴らに聞けと言っている。俺たちもこれ以上のことは知らない。今なら王宮へ自由に出入りできるぞ」


 平然とした顔で嘘を織り交ぜて話すリューズナードを、ロレッタは黙って見詰めた。こういう時、一切の躊躇も物怖じもしない彼の胆力は凄まじいなとつくづく思う。ロレッタにはどう足掻いても真似できそうにない芸当だ。


 報道記者と思われる人々が、こぞって王宮の敷地内へと雪崩れ込んでゆく。一部はその場に留まり、通信機でどこかへ連絡を入れたり、紙にペンを走らせたりしている。こちらへ質問を投げかけてくる者もいたが、リューズナードが無視して移動を始めれば、諦めたのかすぐに視線を王宮へと戻した。自分で見たほうが早いと判断したらしい。


「これで騎士団の奴らもすぐには追ってこられないだろう。行くぞ」


「は、はい!」


 ロレッタを庇いながら人集りを抜けると、リューズナードが再びロレッタの手を引いて走り出した。遅れないよう、懸命に足を動かしついて行く。王宮は未だ不穏な騒がしさに包まれていた。




 王都の街にもまた、異様な喧騒が広がっていた。夜分だというのに多くの建物に明かりが灯り、人々が街路を往来している。明確な目的があるわけではなく、じっとしていられなくて外へ飛び出した者が大半のようだ。避難用の物資を抱えて動く人々の姿も見受けられた。王宮から火の手が上がったのだから、混乱するのも無理はない。


 一度たどった道を逆走し、二人はなんとかシルヴィアの自宅まで戻ってきた。扉を叩けば、中からシルヴィアが顔を出す。ボロボロになったロレッタたちを見て息を呑んだが、すぐに室内へ招き入れてくれた。


「二人とも、生きてて良かった……! こちらの支度は終わっています」


 家には最低限の家具が残っているだけで、生活物資と呼べる物がほとんどなかった。奥にはベッドがあり、一人分のふくらみが小さく上下している。心身の調子を崩して寝込んでいるというシルヴィアの母親なのだろう。


「フェリクスさんのお姿が見えないようですが……?」


「荷物を外へ運び出しているんです。あの……疲れているところすみませんが、母の移動を手伝ってもらえませんか?」


「俺が抱えて行く。どこへ運べばいい?」


「裏手の路地の向こう側に馬車を待機させているので、そこまでお願いします」


「分かった」


 リューズナードがベッドへ近付き、寝具をめくってシルヴィアの母親の体を慎重に抱え上げた。病弱な妹の面倒を看ていただけあって、手付きは随分と慣れたものである。シルヴィアの母親も苦痛を訴えるような様子はなかった。


 両手が塞がったリューズナードの代わりに玄関の扉を開けてやり、ロレッタもシルヴィアと共に家を離れる。外はやはり騒々しく、自分や家族のことでいっぱいになっている人々は、誰もロレッタたちのことを気に留めない。下手に隠れる必要もなく、真っ直ぐ目的地へ歩を進められた。




 シルヴィアが先導する道の先に、小さな馬車とフェリクスが待機していた。駆け寄って来るフェリクスを制し、リューズナードがシルヴィアの母親を中へと運び込む。


 御者台には誰も乗っていないようだった。ロレッタも宮廷教育の一環で乗馬の嗜みはあるものの、馬車を操縦した経験はない。二人に問いかけると、すぐにフェリクスが名乗りを上げた。


「俺が操縦します。元々シルヴィアと二人で立てていた計画でも、最後は馬車で逃げるつもりでしたから、その時に備えて練習してきました。シルヴィアが研究施設で頑張ってくれている間、俺だって遊んでいたわけじゃないんですよ」


「左様でしたか。失礼致しました」


水の国(アクアマリン)の地名は覚えられなかったみたいだけどね」


「う……勉強は苦手なんだよ……」


 そんな話をしていると、リューズナードが馬車から出て来た。中に布団が用意してあり、そこにシルヴィアの母親を寝かせたらしい。頻りに頭を下げるシルヴィアを宥め、ロレッタ、リューズナード、シルヴィアの三人で改めて馬車へ乗り込む。最後にフェリクスが御者台に座り、力強く手綱を引いた。


 もう幾ばくかで日付けが変わろうかという頃。五人を乗せた馬車は、喧騒冷めやらぬ炎の国(ルベライト)を脱出したのだった。

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