第68話
ロレッタは往生際悪く食い下がる。
「……はい。仰る通りです。炎の国への数々の非礼、謹んでお詫び申し上げます。レオン様のご判断も、不当なものだとは思いません。ですが、大切な人たちの生活が脅かされている以上、私も、このままなんの成果もなく引き下がるわけには参りません。せめて一度、陛下に謁見する機会を与えてはいただけないでしょうか?」
「え、っけん……?」
「はい。私の身は拘束していただいて構いませんので、陛下と直接言葉を交わす機会を賜りたいのです。私から、なんらかの形で炎の国へ利益をもたらすことができれば、陛下もご一考くださるやも知れません」
ミランダとの交渉と同じく、結局は行き当たりばったりの口喧嘩である。勝算は薄いが、ロレッタにはこれしかできない。故郷や原石の村を守る為ならば、なんだってする覚悟はあった。
レオンが困ったように眉根を寄せる。
「で、でも、陛下は……たっ、他人の言葉、を、柔軟に、聞き入れて、くださる方、ではなく……」
「それでも、どうかお願い致します……!」
「うぅ……」
深々と頭を下げて頼み込む。他国の人間に頭を下げたなどと、姉に知れれば大激怒されてしまうかも知れない。しかしそんなこと、ロレッタにとってはどうでも良い些事だった。
先ほど、レオンは現在の炎の国の体制について、陛下が独裁的な判断で動かしている部分が大きいと言った。つまり、説得するのはたった一人、国王陛下だけで良い。相手も人間なのだから、可能性が全くないわけではない。
それに、交渉によって事態の進展が見込めるのであれば、リューズナードが命懸けで陛下へ挑む必要もなくなる。彼も含めた原石の村の人々を脅威から解放する為に、故郷の被害を食い止める為に、命を懸けるべきは自分だ。強い意志を以って、ロレッタはレオンの手を握る。
レオンが、あわあわと視線を彷徨わせた、その時。炎の渦の向こう側が、俄かに騒がしくなった気がした。バン! と扉が開くような音、そして兵士たちの叫び声。あまりにも不穏で、ロレッタとレオンも音のしたほうへ振り向く。
レオンが魔法を解除すると、そこには血を流しながら倒れる兵士たちと、刀を携え敵を見下ろすリューズナードの姿があった。ロレッタは目を見開く。すぐにでも駆け出したかったものの、彼の風体にどこか違和感がある気がする。
リューズナードの纏っている衣服が、炎の国兵の装束と見紛うほど赤い。彼は、あんなに赤い服を着ていただろうか? 原石の村では染料も貴重なので、全ての布製品をいちいち着色することはしない。衣服も白一色にちょっとした刺繍を施すくらいが定番である。彼が纏っていたのも、そのタイプだったはずだ。
違和感の正体を突き止めるべく目を凝らし、やがてそれが返り血によるものだと分かると、いよいよロレッタは息を呑んだ。すると、ほぼ同時にリューズナードがこちらへ目を向ける。溢れんばかりの殺気を湛えた視線に、レオンが「うわぁっ!?」と悲鳴を上げた。
リューズナードはロレッタを見て目を丸くし、少しの間立ち尽くしていた。それから、ふらふら覚束ない足取りで向かって来たかと思うと、数メートルの距離を残して床へ座り込んだ。自らの意思というよりは、足の力が抜けてしまったような素振りだった。
荒い呼吸を繰り返しながら、彼は小さく言葉を零す。
「良かった……っ。ロレッタ、生きてて…………本当に良かった……!」
「……!!」
自身の状態など顧みず、ロレッタの無事だけを心底喜んでいるリューズナード。震えた声で名前を呼ばれ、居ても立っても居られずロレッタは駆け寄る。血液に加えて、繊維が焼け焦げているような香りもしたが、気にせず大きな体に抱きついた。珍しく少しよろけていたが、最後にはしっかりと受け止めてもらえた。
「……はい、私は生きております。リューズナードさんも、ご健在で何よりです……!」
「ロレッタ、ロレッタぁ……!」
迷子の子どもが親を呼ぶように、リューズナードが何度もロレッタの名前を呼ぶ。両腕をロレッタの背中に回し、容赦なく抱き締めてきた。少し痛かったけれど、今はその痛みすらも安心に変わってゆく。ロレッタも負けじと彼の背をギュウと抱き締めた。