第14話
サラが涙を拭い、小さく息を吐く。
「……取り乱して、ごめんなさい。それから、話してくれてありがとう。聞けて良かったわ。リューに尋ねても、きっと気を遣って話さなかっただろうから」
「お優しい方なのですね」
「そうね。少し言葉が足りないところはあるけれど、悪い子じゃないのよ。……だから、あの子と結婚することを、『姓を剥奪された』なんて言い方するのは、やめてあげてくれる? 王族の生活に未練があるのは仕方がないとしても、さすがにあの子が可哀そうだわ」
「! そ、そうですね、配慮が足りませんでした。以後、気を付けます……」
元の暮らしに未練があるわけではないし、リューズナードとの婚姻によって姓が変わったことも事実だ。しかし、それらは彼が望んで行ったことではない。自分だけが被害者かのような捉え方をしてしまっていたことに、ロレッタはようやく気が付いた。
自身の浅慮を猛省するロレッタを見て、サラが優しい笑みを浮かべる。
「あなたも、悪い子じゃなさそうね。……私も後で、リューと話をしてみるわ。たくさん迷惑をかけてしまったから、ちゃんと謝らないと。でも、さっきの話だと、ひとまずロレッタちゃんがこの村で生活すること以外に、大きな変化は要求されていないのよね? 元々、私たちは静かに暮らしていたいだけで、魔法国家へ攻撃する意思なんてないし、リューが戦争へ駆り出されるようなこともなさそうだし」
「……はい、仰る通りです」
言われてみると確かに、ミランダはリューズナードを戦力として欲しがっているような口振りだったが、用意されていた契約書には徴兵に関する項目がなかった。あの場の状況であれば、無理やりにでも兵役を義務付けることだってできたはずなのに。恐らく彼女なりの考えの下でその判断をしたのだろうけれど、それをロレッタに推し測ることはできない。ここでもまた、知識や知恵の不足が枷となっている。
「それなら、今ここで、これ以上話し合うのは、やめましょうか。何もできることはないのだから、私たちはこれまで通りの生活を守るだけ。子供たちにも改めて注意して、私も怪我なんてしないように気を付けます」
軽い口調で言ってはいるが、やはり責任は感じているように見える。しかし、本人がこれ以上は話さないと言っているのだから、追及しないほうが良いのだろう。ロレッタは口を噤み、代わりに別の気掛かりについて尋ねてみることにした。
「あの、差し支えなければ、その足の怪我はどうされたのですか?」
ネイキスが一人で外へ出たのはルワガの花を採集する為で、その行動の理由は怪我をした母親を元気付ける為だった。怪我自体はそれほど重症ではないようだが、それならば尚更、元気をなくした原因は一体どこにあったのだろうか。
サラの表情が曇る。
「……雷が、鳴ったから」
「雷?」
ロレッタが聞き返すと、サラは暗い表情のまま、ゆっくりと自身の右足を撫でた。
「最近、この辺りでは天気の悪い日が増えていてね。一週間くらい前に、近くで落雷があったのよ。村に落ちたわけではないのだけど、大きな音に驚いて、手にしていた農具を落としてしまったの。それを足にぶつけて、この有様よ」
「……雷が、苦手なのですか?」
「……私たち親子は、二年前まで雷の国に住んでいたの。私が、結婚を機に夫の実家へ嫁いだのだけどね、一緒に暮らすことになった義両親は、魔法が使えない人間に対して風当たりの強い人たちだったわ。その家にある設備や道具は魔力を消費して使う物ばかりだったから、私はまともに扱えなくて、もたつく度に侮蔑の言葉を投げ付けられた。夫も、味方になってはくれなかった。
そして、産まれた子供が二人とも魔法の使えない体質だと分かった途端に、とうとう暴力を振るわれるようになったの。役立たずだと罵られて、魔法で体を焼かれて。年老いた手から放たれる雷属性の黄色い魔力の光と、激しい雷撃の音が、毎日怖くて仕方がなかったわ。自分だけならまだしも、いつか子供たちにまで手を上げられるんじゃないかと思ったら耐えられなくなって、死に物狂いで逃げ出して……そうして、この村にたどり着いたの。
当時の傷はもう癒えているけれど、近くで聞こえた雷の音と、足に走った痛みで、あの頃のことを思い出してしまって、ずいぶん暗い顔をしていたみたい。子供たちにまで心配をかけるなんて、情けないわね」
そう言って力なく笑う彼女にかける言葉を、ロレッタは持っていなかった。励ましも、同情も、共感も、全てがどこか違う気がした。
たとえば腕力で押さえ付けられたのなら、まだ抵抗の余地があったかもしれない。しかし、魔法という超常現象を振りかざされたのでは、同じ力を使えない人間に抵抗することなど、できはしない。幼い頃から恐怖を植え付けられ、結婚してようやく人並みの幸せを掴んだと思った矢先に、その仕打ち。どれだけ深く傷付いたことだろう。
「……ねえ、ロレッタちゃん。私にあなたを責める気持ちはないのだけど、もしもあなたが自分の無知を悔いているのなら、知ってくれると嬉しい。世界には魔法の使えない人間もいて、でも、その人間だって、同じ世界で精一杯生きているのだということを。……あなたはいつか、国に戻る日が来るのかもしれない。けれど、国を統治する王族の中に一人でも、私たちの気持ちを理解できる人がいてくれたら、それだけでも私たちは救われるわ」
いつの間にか溢れていた涙を拭いながら、ロレッタは何度も頷いた。
「はい、必ず……私が、皆様の御心を、国へ届けることをお約束します……! ですので、どうか……私に、魔法を使わない生活を、教えてください……っ!」