表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gemstone  作者: 粂原
第9章 脱出
149/159

第67話

 尋ね方こそおどおどしているものの、レオンの瞳はしっかりロレッタを捉えていた。これまでよりも少しだけ、落ち着いているように見える。炎で壁を創り出したのは、苦手な兵士たちの視線を遮断する為だったのかも知れない。


 彼の瞳を見つめ返しながら、ロレッタは思案する。答え方を誤れば、自分は再び捕らわれの身も同然となるだろう。それだけでなく、レオンの信頼をも損ねてしまう。せっかく対話という選択肢を提示してもらえたのだから、誠意をもって応じたい。こちら側に不利が生じる内容であっても、嘘や隠しごとで取り繕うのは違う。


 疲労を訴える脳に(むち)を打ち、必死に言葉を探した。


「……私が水の国(アクアマリン)の王女であることと、研究施設への襲撃に加担したことは、双方とも事実です。炎の国(ルベライト)の敵と位置付けられても仕方がない立場だと思います」


「…………」


「ただ、後者の行いは決して、炎の国(ルベライト)への侵略行為を目的としていたわけではございません。また、水の国(アクアマリン)からの指示で動いた事実もございません。それだけは、信じていただきたく存じます」


「そそそれなら、ど、どうして、襲撃なんて……」


「少々長くなってしまうかも知れませんが、話をお聞きいただけますか?」


 レオンが恐る恐る頷く。ホッと息を吐き、ロレッタは話を続けた。彼が何を把握していて、何を把握できていないのかが分からないので、必要と思われることは全て打ち明けた。


 自分が水の国(アクアマリン)の王女であること。炎の国(ルベライト)出身のリューズナードと婚姻を結び、現在は原石の村(ジェムストーン)で暮らしていること。故郷も原石の村(ジェムストーン)も等しく愛していること。炎の国(ルベライト)水の国(アクアマリン)へ戦争を仕掛けたこと。化学兵器の実験に原石の村(ジェムストーン)を巻き込む計画が進んでいること。戦争と実験を食い止めたくて行動を起こしたこと。


 戦争やら、兵器やら、自分の話の節々に悍ましい単語を並べなければならず、発する度に胸が痛んだ。ここに至るまでに感じた恐怖や緊張が蘇り、鼻の奥がツンとした。


 嘘か本当かも分からない、取り留めのないロレッタの話を、レオンは黙って聞いていた。時折、眉間に皺を寄せ、視線をあちこち泳がせていたのは、彼も真剣に理解しようとしてくれていたからだと思いたい。


「――……以上が、私とリューズナードさんが炎の国(ルベライト)へ足を運んだ経緯です」


 どれだけ時間が経ったのだろうか。ロレッタはどうにか話し終えたが、レオンはまだ難しい表情をしていた。燃え盛る炎の音だけが耳に届く。


 やがて、レオンが表情を変えないまま口を開いた。


「……は、話してくれて、ありがとう、ございました。あ、あ貴女が、とても、お優しい方であること、は、分かりました。きっと、嘘を()いては、いないのでしょうね……」


「は、はい! もちろんです!」


「そそっ、そうですか。……ただ、そうだとしても、ル、炎の国(ルベライト)の侵攻を、止めるのは無理、だと、思います……」


「え……?」


 レオンの出した結論に、ロレッタは目を丸くする。自分やリューズナードたちの決死行が全くの無駄である可能性を示唆され、思考が止まってしまった。ポツリポツリと彼は続ける。


「げ、現在の炎の国(ルベライト)は、陛下の、独裁的な、判断の下で動いている、部分が、大きいので……さ、最終的には、陛下を説得、できないと、侵攻も、止められません。……ですが、い、今のお話、では、陛下を、説得するのは、むむ難しいかと……」


「どうして、そのように思われたのでしょうか?」


「だ、だって、その……や、やめてほしい、と、言われても……炎の国(ルベライト)側、には、やめる理由が、ない、から……。しっ、侵略戦争は、どこの国、でも、やってる、ことで……今までも、ずっと、戦いで決着を、つけてきた、はずで……」


「で、ですが……っ」


「それに、えっと……あの……炎の国(ルベライト)側の、侵攻をやめる理由、を、作る為に、貴女方が、交渉ではなく、襲撃、という手段を、選んだのだと、したら……そ、それは、領土拡大、の、為に、戦争を仕掛ける魔法国家の、やり方と、何が、違うのでしょう……?」


「……!」


 咄嗟に返す言葉が浮かばなかった。


 戦いを怖いと感じていながら、武力による解決を推し進めようとした。戦争を嫌悪していながら、炎の国(ルベライト)へ戦争を仕掛けたと思われても仕方がないような手段を採った。自らの行いが、今さらになって重く圧し掛かってくる。


 どれだけ遡っても、炎の国(ルベライト)に対する交渉を検討した記憶は出てこない。間違いなく、最初から武力行使を選んでいたのだ。しかも、そんな行いをしておきながら、炎の国(ルベライト)には「侵略行為をやめてほしい」と願っていたなんて。主張と行動が、まるで一致していない。呼吸が浅くなってゆく。


「……ぼぼ、僕個人は、貴女を、憎むべき、敵、だとは、思って、ない、です……。でも、陛下は、きっと、迷わず、敵だと断ずる、でしょう。そうしたら、あ、貴女は、やっぱり、この国の、敵と、いうこと、に、なります。だから、えっと……しし指示があるまで、この部屋、からは、出ない、で、ください……っ」


 父親である陛下に命じられたからではなく、自分の意思で考えた結果、レオンはロレッタを捕らえておくべきだと結論付けたらしい。一国の王子として、妥当な判断だと思った。


 ロレッタは自らの能力の低さを呪う。戦闘でもほとんど力になれなかったのに、交渉すらも満足にできないとは。王宮に閉じ籠っていた頃と同じ、役立たずのままだ。何も進歩していない。自分の怠惰が招いた惨事とさえ思えてくる。


 しかし、それでも、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。


(駄目よ、反省するのは後でいいわ。とにかく、この状況を変える方法を考えなくては……!)


 大切な人たちを守るべく、襲い掛かる全てに抗い続ける()のように。諦める以外の、自分にできる全てをしてやろうと決意する。そのくらいの覚悟がなければ、きっと彼の傍に置いてもらう資格は与えてもらえない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ