第67話
尋ね方こそおどおどしているものの、レオンの瞳はしっかりロレッタを捉えていた。これまでよりも少しだけ、落ち着いているように見える。炎で壁を創り出したのは、苦手な兵士たちの視線を遮断する為だったのかも知れない。
彼の瞳を見つめ返しながら、ロレッタは思案する。答え方を誤れば、自分は再び捕らわれの身も同然となるだろう。それだけでなく、レオンの信頼をも損ねてしまう。せっかく対話という選択肢を提示してもらえたのだから、誠意をもって応じたい。こちら側に不利が生じる内容であっても、嘘や隠しごとで取り繕うのは違う。
疲労を訴える脳に鞭を打ち、必死に言葉を探した。
「……私が水の国の王女であることと、研究施設への襲撃に加担したことは、双方とも事実です。炎の国の敵と位置付けられても仕方がない立場だと思います」
「…………」
「ただ、後者の行いは決して、炎の国への侵略行為を目的としていたわけではございません。また、水の国からの指示で動いた事実もございません。それだけは、信じていただきたく存じます」
「そそそれなら、ど、どうして、襲撃なんて……」
「少々長くなってしまうかも知れませんが、話をお聞きいただけますか?」
レオンが恐る恐る頷く。ホッと息を吐き、ロレッタは話を続けた。彼が何を把握していて、何を把握できていないのかが分からないので、必要と思われることは全て打ち明けた。
自分が水の国の王女であること。炎の国出身のリューズナードと婚姻を結び、現在は原石の村で暮らしていること。故郷も原石の村も等しく愛していること。炎の国が水の国へ戦争を仕掛けたこと。化学兵器の実験に原石の村を巻き込む計画が進んでいること。戦争と実験を食い止めたくて行動を起こしたこと。
戦争やら、兵器やら、自分の話の節々に悍ましい単語を並べなければならず、発する度に胸が痛んだ。ここに至るまでに感じた恐怖や緊張が蘇り、鼻の奥がツンとした。
嘘か本当かも分からない、取り留めのないロレッタの話を、レオンは黙って聞いていた。時折、眉間に皺を寄せ、視線をあちこち泳がせていたのは、彼も真剣に理解しようとしてくれていたからだと思いたい。
「――……以上が、私とリューズナードさんが炎の国へ足を運んだ経緯です」
どれだけ時間が経ったのだろうか。ロレッタはどうにか話し終えたが、レオンはまだ難しい表情をしていた。燃え盛る炎の音だけが耳に届く。
やがて、レオンが表情を変えないまま口を開いた。
「……は、話してくれて、ありがとう、ございました。あ、あ貴女が、とても、お優しい方であること、は、分かりました。きっと、嘘を吐いては、いないのでしょうね……」
「は、はい! もちろんです!」
「そそっ、そうですか。……ただ、そうだとしても、ル、炎の国の侵攻を、止めるのは無理、だと、思います……」
「え……?」
レオンの出した結論に、ロレッタは目を丸くする。自分やリューズナードたちの決死行が全くの無駄である可能性を示唆され、思考が止まってしまった。ポツリポツリと彼は続ける。
「げ、現在の炎の国は、陛下の、独裁的な、判断の下で動いている、部分が、大きいので……さ、最終的には、陛下を説得、できないと、侵攻も、止められません。……ですが、い、今のお話、では、陛下を、説得するのは、むむ難しいかと……」
「どうして、そのように思われたのでしょうか?」
「だ、だって、その……や、やめてほしい、と、言われても……炎の国側、には、やめる理由が、ない、から……。しっ、侵略戦争は、どこの国、でも、やってる、ことで……今までも、ずっと、戦いで決着を、つけてきた、はずで……」
「で、ですが……っ」
「それに、えっと……あの……炎の国側の、侵攻をやめる理由、を、作る為に、貴女方が、交渉ではなく、襲撃、という手段を、選んだのだと、したら……そ、それは、領土拡大、の、為に、戦争を仕掛ける魔法国家の、やり方と、何が、違うのでしょう……?」
「……!」
咄嗟に返す言葉が浮かばなかった。
戦いを怖いと感じていながら、武力による解決を推し進めようとした。戦争を嫌悪していながら、炎の国へ戦争を仕掛けたと思われても仕方がないような手段を採った。自らの行いが、今さらになって重く圧し掛かってくる。
どれだけ遡っても、炎の国に対する交渉を検討した記憶は出てこない。間違いなく、最初から武力行使を選んでいたのだ。しかも、そんな行いをしておきながら、炎の国には「侵略行為をやめてほしい」と願っていたなんて。主張と行動が、まるで一致していない。呼吸が浅くなってゆく。
「……ぼぼ、僕個人は、貴女を、憎むべき、敵、だとは、思って、ない、です……。でも、陛下は、きっと、迷わず、敵だと断ずる、でしょう。そうしたら、あ、貴女は、やっぱり、この国の、敵と、いうこと、に、なります。だから、えっと……しし指示があるまで、この部屋、からは、出ない、で、ください……っ」
父親である陛下に命じられたからではなく、自分の意思で考えた結果、レオンはロレッタを捕らえておくべきだと結論付けたらしい。一国の王子として、妥当な判断だと思った。
ロレッタは自らの能力の低さを呪う。戦闘でもほとんど力になれなかったのに、交渉すらも満足にできないとは。王宮に閉じ籠っていた頃と同じ、役立たずのままだ。何も進歩していない。自分の怠惰が招いた惨事とさえ思えてくる。
しかし、それでも、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
(駄目よ、反省するのは後でいいわ。とにかく、この状況を変える方法を考えなくては……!)
大切な人たちを守るべく、襲い掛かる全てに抗い続ける彼のように。諦める以外の、自分にできる全てをしてやろうと決意する。そのくらいの覚悟がなければ、きっと彼の傍に置いてもらう資格は与えてもらえない。