第66話
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レオンと兵士たちの体から抜け出した赤い光が、空中でパン! と弾けて消えた。魔力も体力も底を突きかけて座り込んでいたロレッタは、唖然としながらその様子を眺めるしかできない。空気に溶けて霧散してゆく様子が、やたらと綺麗だった。
赤い光がほとんど消失した頃、我に返ったらしい兵士たちのうちの一人が声を上げた。
「殿下! 何をなさったのですか!?」
「ヒッ!」
鋭い声に怯えたのか、レオンはソファの陰に隠れてしまった。状況を確認したい気持ちはロレッタも同じだったので、よたよたレオンへ近付いて、そっと手を握りながら語りかける。
「レオン様」
「すす、すみません、すみません! 勝手なことをして……だって、あの、怒らないで……!」
「お気を確かに。私も、兵士の皆様も、怒ってなどおりません。ただ、何が起きたのかを知りたいだけなのです。お教えいただけませんか?」
嘘は吐いていない。ロレッタには怒る理由がないし、兵士の面々も、武器こそ携えているものの、今すぐに飛び掛かってきそうな雰囲気はなかった。王族たるレオンの生み出す爆炎を、目の前で拝んだ為だと思われる。ロレッタの作った歪な魔力の檻がなければ、彼らはあの場から逃げ出すことさえできず、何度も焼け死んでいただろう。本来なら敵うはずもない、絶対的に格上の人間であることを、今になってようやく思い知ったのかも知れない。
震えるレオンの右手を、自分の両手で包み込むロレッタ。こうすると、少なくともリューズナードはふわふわ機嫌が良くなってくれる。他の相手にも通用するのかは分からないが、ほんの僅かでも不安を取り除ければと、手に力を込めた。
レオンが恐る恐る尋ねてくる。
「ほ、本当? 皆、怒らない……?」
「はい、大丈夫です」
「……………………あ、あの。そそ蘇生魔法を、か、解除しまし、た……」
「…………え? そ、蘇生魔法を、解除なさったのですか……!?」
ロレッタにだけなんとか届くか細い声量で、レオンが衝撃の事実を告げる。驚いたロレッタは、思わず鸚鵡返ししてしまった。
ロレッタが彼に懇願したのは、「この部屋から出してほしい」という一点のみである。また、「必ずしも父親の言いなりにならないといけない理由はないはず」とも進言したが、それも「自分の子供に人殺しまで強要するのはおかしい」と訴えたかっただけだ。それらが蘇生魔法の解除に結び付くとは思っていなかった。
蘇生魔法の行使も、彼の言う「父さんの言い付け」の一部だったのだろう。炎の国兵の命を守り、他国の人間の命を奪うことに繋がる蘇生魔法を解除するのが、良いことなのか、悪いことなのか。疲弊しきった現在のロレッタの頭では判別できない。
ロレッタの声に、レオンが驚いて肩を跳ねさせている。さらに、驚いたのは彼だけではなかったようで、兵士たちも酷く狼狽えていた。
「なっ……蘇生魔法を、解除した!?」
「じゃあ、今死んだら、俺たち本当に死ぬのか……?」
「で、殿下! 蘇生魔法の使用は王命です。陛下のご指示に背くおつもりですか!」
「うぅ……だって、だってぇ……!」
兵士たちの声は未だ怖いらしい。震えて縮こまるレオンに、ロレッタは根気強く語り続ける。
「レオン様、責めているわけではございません。理由をお尋ねしたいだけなのです。何故、蘇生魔法の解除を……?」
「う…………こ、蘇生魔法をしていると、凄く、疲れる、ので、あんまり考えられなくて……」
「考える、と仰いますと?」
「ぼ、僕は……炎の国の、王族、なので……この国にとって、誰が敵で、誰が味方なのか、ちゃんと、考えて、みたくて……」
「……! はい、是非!」
レオンの口から初めて前向きな言葉が出たことが、とても嬉かった。自ら考えて動き出し、他者と対話を重ねることこそ、知見を広げる貴重な一歩である。ロレッタはそう、原石の村で学んだ。彼もその一歩を踏み出す勇気を持てたのだろうか。
ふと、レオンが視線を上げてロレッタを見た。
「あああ、あの、でしたら……僕はまず、貴女の話を、聞きたい、です」
「私の、ですか? ええ、私にお話しできることでしたら、何なりと」
「あ、ありがとう、ございます……。ええと、それでは、」
ほんの少しだけ、彼の手がロレッタの手を握り返してきた。そして、
「きゃっ!?」
突如、ロレッタとレオンを囲い込むように、炎の渦が巻き起こった。時折降りかかる火の粉が衣服を焦がす。逃がさない、と暗に言われている気がして、肌の上を冷たい汗が伝った。
「レ、レオン様……?」
「あっ、貴女が、水の国の、王女かも知れない、ことと……王都にある、医療研究施設が、襲撃されたことだけ、僕は、聞かされています。……貴女は、この国の、敵、ですか?」