第64話
しっかり刀を握り直し、リューズナードはもう一度ツェーザルの元へ向かって行った。途中、ツェーザルが両手剣の先から渦状の炎を噴射してきたものの、構わず突っ込む。ロレッタの障壁を信頼しているのもあるが、何よりも、リューズナードの中から「敵を排除する」以外の思考が消え失せていたのだ。
炎を突っ切り、標的を眼前に捉えると、上段の構えで刀を頭上に高く掲げ、力任せに振り下ろす。噴射された炎が消え、重厚なブレードで刃を受け止められた。すかさず刀を引いて今度は右から左へ横一線。それも防がれれば、続けて左下方から右上方へ思いきり振り上げる。それからまた、上段の構えに戻って重い一撃を叩き込む。
連撃がひどく単調になってしまっている自覚はある。元より正当な剣術など心得ていないが、普段と比べても明らかに粗雑で乱暴な動きだった。戦闘の経験値が高い猛者が相手だったなら、容易くこちらの攻撃パターンが読まれ、隙を突いての反撃でも食らっていそうな出来である。
しかし、ツェーザルから反撃が繰り出されそうな気配はない。こちらの単調な攻撃に合わせ、ブレードの向きを変えて応戦するのがやっとのようだ。礼儀正しい剣術を齧った程度で、命懸けの斬り合いをした経験がないのだろう男は、ただ不快そうに眉を顰めている。
時折、兵士たち側から炎魔法が放たれることもあった。「胴体ではなく足を狙え!」という号令も聞こえる。直接攻撃は諦め、先ほどのように体勢を崩すことに注力する方針らしい。だが、リューズナードは見向きもしない。全く脅威を感じなかった為だ。
どうせ死んでも蘇るのだから、いっそツェーザルを巻き込んででもリューズナードを捕らえるくらいのことを企てれば良いものを、兵士たちは律儀にツェーザルを避け、半端に加減した攻撃を仕掛けてきている。彼ら自身、自国の王が剣を抜く姿を見たのも初めてだったのかもしれない。王と兵士の連携が、まるで成っていなかった。
こんなに弱い連中に、仲間たちの安全やロレッタの命が脅かされているのかと思うと、さらなる怒りが湧き上がる。やがて怒りが憎悪に変わり、憎悪が殺意へと変わってリューズナードを突き動かした。連撃のペースを上げ、手数でツェーザルを翻弄すると、ブレードと体の隙間へ切っ先を潜り込ませ、心臓を深々と貫いた。
「う、がああァァ……っ!!」
ツェーザルの体がよろける。口から血と呻き声を吐き出した彼は、間もなく首と両腕を脱力させ、動かなくなった。制御を失くした両手剣が消滅する。
憎たらしい男を貫いた愛刀の切っ先を、リューズナードはそのまま床へ突き立てた。穴の開いた背中が美しい床に叩き付けられ、じんわりと血溜まりが広がってゆく。
次の瞬間、ツェーザルの全身が赤い光に包まれた。刀を飲み込んだまま体の修復が強行され、まるで最初からその形であったかのように固定される。そうしてツェーザルが目を開いた。目の前にリューズナードが居て、自身の体に刃物が埋まっているという状況に、然しものツェーザルも混乱したようだった。
「ハ、ハイジック、お前、何を……っ!?」
「まだ平気そうだな。なら、死ね」
「がっ……!」
淡々と言い放つと、リューズナードは愛刀の柄を両手で握り、躊躇なく引き抜いた。栓を失った体から、再び血液が溢れ出る。男の呻き声と返り血を鬱陶しく思いつつ、振り上げた刀を瀕死の体へ突き立ててとどめを刺す。ツェーザルが蘇生する度、いくらでも同じ動作を繰り返した。何度も、何度も、何度も。
異常な光景に動揺したのか、兵士たちの放つ炎魔法の威力が増す。しかし、やはり青い障壁に阻まれ、内側へ届くことはない。熱だけが貫通して体温が上昇し始めたが、リューズナードは脇目も振らず、一心不乱にツェーザルの命を奪い続けた。兵士たちも負けじと火炎を放射し続ける。
数人掛かりで放つ炎に、リューズナードの体が炙られてゆく。段々と、全身から汗が吹き出し、呼吸が乱れ、視界が不安定に歪んでくる。疲労と相まって気分も悪い。次第に膂力も満足に込められなくなり、ツェーザルを仕留めるのにも時間がかかるようになってきた。
刀を突き立てられて尚、死に損なったツェーザルが、リューズナードを睨んだ。
「ぐうぅ……っ! ……いつまで、こんな愚行を、はあ、続ける、つもりですか。全て、無駄だと、分かって、いる、でしょう……!」
「はあ、はあ、はっ……お前の精神が崩壊するまで、いくらでも続けてやるさ。二度と戯言をほざけないようにしてやる……!」
生と死を繰り返す恐怖で精神を破壊し、思考能力も判断能力も奪う。ツェーザルさえ機能しなくなれば、炎の国の中枢に残るのは、役立たずの王妃と王子、権力争いにばかり現を抜かす貴族連中、戦闘にしか興味を示さない騎士団長、そして非力な兵士たちのみ。とても、国家を建て直せるとは思えない。他所の国からの侵攻に怯えながら、守りを固める程度で手一杯になるだろう。ロレッタや原石の村に構う余裕など無くなるはずだ。
「っ……障壁も、お前の、体力も、はあ、いずれ、限界が、くる。先に、倒、れるのは、お前のほうだ……!」
「そうかもな。だが、お前の精神も道連れだ。お前だけは、死んでも殺す!!」
「やめっ……がはっ!」
目の前の男さえ居なくなれば、それで良い。自分の思考能力も著しく低下してきている中、リューズナードは殺意に己の体の主導権を明け渡し、盲目に刀を振るい続けた。ツェーザルの瞳に、僅かな怯えが宿る。
「ハイジック!!」
炎の向こう側から、兵士の一人がリューズナードを呼んだ。聞こえはしたが、わざわざ応答してやる義理はない。歯牙にもかけず、惨殺を繰り返す。
しかし、次に発せられた言葉によって、リューズナードの体はピタリと動きを止めたのだった。
「人質の身柄がこちらにあることを忘れたのか! 第二王女の元には殿下がついている。命令一つで今すぐ王女を殺すぞ! 助けたいなら、陛下を解放しろ!」