第62話
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赤い輝きを纏う剣が、向かって右側から振り下ろされ、左側から横一線に振り抜かれ、正面から刺し貫くように突き出される。後ろへ大きく飛び退いてそれらを躱すと、リューズナードは右側に居た兵の片腕を斬り落とし、返す刀で左側に居た兵の太腿の肉を抉り、正面に居た兵の刀を弾き飛ばした。一時的に丸腰となった敵の脇腹へ、流れるように回し蹴りを叩き込む。ぐしゃ、と骨の砕ける感触があった。
神聖な玉座の間の中央付近に、兵士たちが折り重なるようにして倒れている。誰も彼も、絶命こそしていないが、戦闘不能と呼んで良い状態である。もう幾度目かになる光景を前にして、リューズナードは肩で息をしていた。
すると、リューズナードの後方、玉座のある方向から、凄まじい勢いで炎が延びて来た。躱す間もなく延焼し、たちまち部屋の大部分が呑み込まれる。リューズナードの体は青い障壁が守ってくれたが、兵士の山はあえなく焼け焦げてしまった。そうしてまた、蘇生魔法で蘇る。
先ほど斬り落とした兵士の腕は、多少、歪でありながらも再生し、人間らしい形を取り戻していた。蘇生魔法と併せて、治癒魔法も織り込まれているのかもしれない。再び振り下ろされた深紅の剣を、鋼の刃で受け止める。
「王族の魔法をも弾く水属性の障壁、ですか。やはり、王族の加護なのでしょうね。水の国と戦争をしているこのタイミングで、お前が王女と共に我が国へ侵攻してきたとなると……お前も、非人の村も、水の国への隷属を決めた、ということですかね」
「!」
後方から聞こえたツェーザルの言葉に、リューズナードは目を見開く。すぐさま兵士の剣を押し返し、大きな動作で刀を振り回して距離を稼ぐと、兵士たちの合間をこじ開け、ツェーザルへ直接斬り掛かった。当然、両手剣で防がれる。力任せの競り合いをしながら、リューズナードは叫んだ。
「俺たちの居場所を、その名で呼ぶな! 今さら魔法国家に隷属なんて、するはずがないだろう! 俺も、仲間たちも、魔法国家とは関係ない!」
水の国に限らず、どこかの国と密接な繋がりがあると認識されれば、原石の村は即座に他の国々から侵攻されることになるだろう。敵国の一部と判定され、領土争いに巻き込まれてしまう。抵抗する手段を持たない仲間たちが、無事で済むとは思えない。
実際のところ、炎の国兵たちの進軍を水の国へ報せはしたけれど、それも隷属の意思を示す為の行いではない。ロレッタの不安を少しでも取り除ければと考えただけである。炎の国への侵攻だって、仲間とロレッタの笑顔を守りたかったから強行したのだ。あの国がロレッタの故郷でなければ、或いはロレッタが故郷に愛情を持っていなければ、リューズナードもわざわざこんな騒ぎなど起こしはしなかった。
「おや、そうなのですか? それでは、水の国の兵を傷付け、炎の国へも侵攻し、お前は一体何がしたいと言うのです?」
「……薄情なお前には、理解できないさ」
「他者を殺すことしかできない石屑が、人間の情を語るな。烏滸がましい」
「……!」
他者を殺すことしかできない。炎の国騎士団の下っ端として戦っていた頃にも、飽きるほど言われ続け、いつしか自分でもその通りだと思うようになっていた言葉。しかし、今はもう、そうではないと跳ね除けることができる。
――たとえ貴方に戦う力が無かったとしても、皆様の接し方は何一つ変わりません。もちろん、私もです。
大切な人が、そう教えてくれた。大切な人たちが、「石屑」だったのかもしれない自分を、時間をかけて少しずつ「人」へと戻してくれた。どう呼ばれようとも構わないと思っていたけれど、せっかくならば皆と同じ「人」でありたいと、そんなことを思えるようになってきたのだ。家族一人まともに愛せない人でなしに、見下される謂れはない。
「……違う、俺は――!」
はっきりと言い返そうとした時、不意に青い障壁が可視化され、リューズナードの体を包んだ。兵士たちがこちらへ単発の攻撃を打ち込んできているらしい。ツェーザルには当てないよう、距離や射線を推し測っている。
一般兵の攻撃如きでは、ロレッタの魔法は揺らがない。しかし、リューズナードの体が揺らいだ。障壁が魔法を弾く瞬間の、強い振動が全身へ響き、疲労の蓄積された足に多大な負荷をかける。そうして膝が笑い出し、やがてガクリと折れたのだった。
「!?」
唐突に力が入らなくなり、リューズナードは目を丸くする。己の状況を理解し、体勢を立て直すよりも早く、ツェーザルにツヴァイハンダーを振り抜かれた。受け止めることも、受け流すこともできず、次の瞬間には体が床へ叩き付けられていた。