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Gemstone  作者: 粂原
第7章 王子と王女
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第58話

 行く先々で兵士たちに出迎えられたものの、減速すらしないまま真っ直ぐ突き進んだ。屋内戦闘につき、機動力は活かしきれていなかったが、物理的に回避不能な攻撃は全て青い障壁が防いでくれる。自身も怖い思いをしているだろうに、この障壁の強度は欠片も揺らがない。意地でもこちらを守ろうとするロレッタの強い意思を感じて、なんだか泣きそうになってしまう。


 障壁が砕けないのは、彼女が生きている証でもある。生存を確認できている間に助け出さなければならない。立ち止まっている暇はなかった。


 そうして敵を蹴散らしながら進んだ道の、終着点。金細工の施された荘厳な扉が、リューズナードの行く手を阻む。視界にちらつく七年前の幻影ごと、扉を思い切り蹴り付けた。蝶番(ヒンジ)が悲鳴を上げてスライドし、バァン! と下品に開け放たれる。


 クリーム色の壁に、金細工の装飾。天井からはシャンデリアがいくつも下げられ、部屋の奥まで道を作るように爛々と輝いている。


 部屋の最奥には緩やかな段差とスロープが設けられており、スロープの上には一人掛けの椅子がポツンと佇んでいた。国家の王のみが座することを許された、玉座だ。真上には赤い天蓋、背面の壁には炎を描いた幕が掲げられている。


 その玉座の正面に、一人の男が立っているのが見えた。自身の両手を背中側で組み、静かに壁の炎を見詰めている、のだろうか。目を開いているかどうかは、リューズナードの場所からでは確認できないし、どうでも良い。


 見覚えのある初老の男の背に向かって、リューズナードは叫んだ。


「ロレッタはどこだ!!」


「…………」


 返事はなく、男が動く気配もない。代わりに、部屋の隅で待機していたらしい兵士たちが、ゾロゾロと現れてリューズナードを囲った。皆、魔法で生成した深紅の刀や剣を構えている。いつでも戦闘に臨める姿勢だ。


 リューズナードが迎撃態勢を取ろうとした時、初老の男が言葉を漏らした。


「……強力な水魔法を操る女性、名前はロレッタ。……ふむ」


 ともすれば独り言のようにも聞こえたが、どうやら違うらしい。


水の国(アクアマリン)には第二王女が居ると聞きます。表舞台に姿を現さない為、ほとんど情報がありませんでしたが……やはり、彼女がそうなのでしょうか」


 明確にリューズナードへ問いを投げかけながら、初老の男――炎の国(ルベライト)の現国王ツェーザル・バッハシュタインが振り向いた。


 ツェーザルの顔を見るなり、リューズナードの脳裏で、過去の記憶が勝手にフラッシュバックし始める。迫害によって受けた傷の痛み、戦場で浴びた生々しい血の臭い、救ってやれなかった妹の死に顔。


 頭と心臓がジクジク痛んだ。呼吸が浅くなる。けれども、今ここで立ち尽くしていたのでは、新しくできた大切な人まで守れなくなってしまう。左手の手根で頭を叩き、痛みによって余計な思考を上書きすると、リューズナードはもう一度はっきりと叫んだ。


「ロレッタはどこだ!!」


「おや、大した執心ぶりですね。もしや、お前が水の国(アクアマリン)の王女と婚姻を結んだという話も、本当だったのですか?」


 一向に返答が得られないことに、苛立ちが募る。見渡す限り、この部屋にロレッタの姿はない。外に居た憎たらしい兵士は、嘘を吐いていたのだろう。ロレッタと完全に分断されてしまった。彼女を捕らえて、一体何をしようと言うのか。


(何もさせない。ロレッタにも、原石の村(ジェムストーン)にも、手出しなんてさせない……!)


 対話による進展が望めないと判断し、刀を強く握り直して敵陣へと斬り掛かった。兵士たちが半歩下がり、一斉に炎魔法を放ってくる。魔法を使えないリューズナードは、本来ならばここで倒れていても不思議ではなかった。


 しかし、炎が触れる寸前に青い障壁が出現し、炎魔法を防いでくれた。炎の向こうから無傷のリューズナードが飛び出して来るという光景を目の当たりにした兵士たちが、狼狽えながら得物を振るう。リューズナードは灼熱の中で暴れ回り、二十名は超えていただろう兵士の群れを残らず床へ叩き伏せた。


 休む間もなく、玉座へ向かって走る。眉間に皺を寄せたツェーザルが、左手のひらの照準をリューズナードに合わせ、炎を放ってきた。部屋全体を一瞬で埋め尽くす業火。兵士たちのそれとは比べ物にならないその威力は、彼がこの国の王族であることを如実に語っている。


 ただ、リューズナードを守ってくれているこの障壁もまた、王族の血を引く女性が創り上げたものである。一般人では抗いようのない業火さえ通さない。彼女の想いに背中を押され、部屋の奥まで一直線に駆け抜けた。目を丸くしたツェーザルが、魔力で生成した深紅の両手剣(ツヴァイハンダー)を構えた。


 支柱が焼け落ち、シャンデリアが次々落下してゆく。ガシャン! ガシャン! と破砕音が響く室内に、ガキン! と金属同士がぶつかるような音が混ざった。リューズナードが振り下ろした愛刀を、ツヴァイハンダーで受け止められる。


 怒りと憎しみを隠せないでいるリューズナードに、ツェーザルは嘲るような視線を寄越してきた。


「昔も今も、お前はずっとその目をしていますね。自分の無力を棚に上げ、救えない責任をこちらへ押し付ける。野蛮で、卑陋(ひろう)で、とても見られたものではない」


「……どうしてエルフリーデが救われなかったのか。あれからずっと考え続けているが、未だに答えが出ない。医療技術(助ける手段)はあったのに、どうして見殺しにされなければならなかったんだ。どうして……!」


「お前は、道端に転がる小石の全てに、いちいち情を移すのですか? 人間の通行を妨げる障害にしかならないというのに」


「……!!」


 頭に血が上り、力任せに刀を振り抜いた。ツェーザルがよろけたところに追撃を加えてダメージを蓄積させてゆく。とどめに袈裟懸けで深く斬り裂けば、その体はあっけなく床へ沈んだ。


 肩で息をしながらも、間違いなく絶命した男の体を睨み付ける。これで終わりじゃないことは、よく知っている。殺しただけでは終わらないのだ。


 間もなく、ツェーザルの体が赤く発光し、蘇生魔法が発動した。血液が補填され、傷口が塞がり、やがてしっかりと目が開く。


 わざわざ起き上がるのを待ってやる必要はない。再び刃を振り下ろそうとしたリューズナードだったが、背後から迫り来る気配を感じ取り、咄嗟に横へ跳んだ。それまで立っていた場所に多数の火炎弾が着弾する。


 部屋の中央付近に目をやれば、倒したはずの兵士たちが、(こぞ)ってこちらへ得物を向けていた。室内全体を包んだツェーザルの業火が兵士たちを焼き殺し、蘇生魔法を発動させていたのだろう。視界の端で、ツェーザルもゆったり立ち上がる。


 蘇生魔法が活きている限り、敵の命は無限に続くと言って良い。一方、リューズナードの体力は有限である。気絶させるだけでは何も解決できないが、殺しても振り出しに戻るだけ。無闇に戦闘を続けていれば、いずれこちらの体力が底を尽きる。


「……やはり、お前は七年前に殺しておくべきでしたね。今度こそ、妹の元へ送って差し上げますよ」


 あまり良くない戦況に、リューズナードは奥歯を噛み締めた。

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