表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gemstone  作者: 粂原
第7章 王子と王女
139/159

第57話

――――――――――――――――――――



 視界の端に入っていた青い光が、不自然なタイミングで突然、途絶えた。不吉な予感がして振り向けば、ロレッタが敵兵に捕まっている姿が映る。大きく目を見開き、一目散にそちらへ駆け出した。


 鬱陶しい足止めを振り切り、何度も彼女の名前を呼びながら走った。最後には手も伸ばした。けれどもその手は虚しく空を切り、彼女の体はどこかへ消えてしまった。


 王宮へ出入りする度、あちらこちらで見かけていたあの機械。どうせ、魔力のない自分には扱えない物なのだからと、その用途や使用方法をわざわざ知ろうとはしなかった。そんな過去の自分の怠惰が、今になって跳ね返って来るとは思わなかった。あれが人間をどこかへ移動させる装置であることも初めて理解したし、行き先など知る由もない。


 ロレッタを押さえ付けていた兵士の男を無理やり振り向かせ、リューズナードは掴み掛かった。


「ロレッタをどこへやった!?」


 男の瞳に映る自分が、あまりにも必死で醜い形相をしている。相手は何も答えない。苛立ちが募ったリューズナードは、力任せに男を斬った。致命傷を与えたものの、即座に男の体が赤く発光し、十秒も経たないうちに起き上がろうとしてくる。その首元に、鋼の刃を突き付けた。


「死ねない体は不便だな? これから何度でも、その体に絶命する恐怖を刻み付けてやる……!」


 レオンが騎士団の面々にかけている魔法は、被術者を死なないようにするものではなく、死んだ後に蘇らせるというものだ。命を落とす寸前に感じた痛みや苦しみは、全て記憶に残る。絶命するほどの苦痛を際限なく与えられ続けたなら、どんなに屈強な戦士であっても、いつか正気を失うだろう。泣いても、叫んでも、死んでも終わらない拷問を想像したのか、男が「ヒッ!」と喉を鳴らした。


「ロレッタはどこだ!!」


 再び圧力をかけると、観念したように男が口を開いた。


「っ……()()()()に決まってるだろ。()()()()でお待ちだ」


「…………」


 この言葉が虚偽である可能性も捨てきれない。しかし、他に手掛かりが無いのも事実。元々の目的も国王の首だったのだから、結局はそこを目指すしかないらしい。


 ロレッタに乱暴を働いた憎たらしい男の顔を、真正面から蹴り飛ばした。背後に立つ転移装置に後頭部を強打し、男の体が再び地へ沈む。蘇生魔法が発動していないので、まだ息はあるのだろう。怒りに呑まれそうになる自分をなんとか奮い立たせ、リューズナードは王宮を目指して駆け出した。


 炎を躱し、敵を斬り伏せ、ひたすら走る。たった三つの工程を機械的に繰り返し、ようやく炎の壁の前へとたどり着いた。体温が上昇した気がしたが、それが炎の熱によるものなのか、過剰な運動によるものなのか、激しい怒りによるものなのか、もう判別できない。


 壁の付近で厳戒態勢を敷いている複数名の兵士たち。彼らを倒せばこの壁が消滅し、王宮への入り口が露わになる。ロレッタは、きっとこの壁に直接穴を空けようとしてくれたのだろう。魔法が使えないリューズナードを導く為に、自身の守りを疎かにしてまで。ギリッ、と奥歯を噛み締める。


 背後から迫る炎の気配を察知し、素早く体を横へ跳ねさせた。噴射された炎が壁にぶつかり、吸収されるように混ざり合って消える。しっかり着地して重心を安定させ、再び力強く通路を蹴ると、リューズナードは兵士の一人に斬り掛かった。


 深紅の刀で応戦されるも、得物の扱いはリューズナードに軍配が上がった。流れるような連撃で相手の刀を弾き飛ばし、脇腹に棟を叩き込む。そのまま体重を乗せて振り抜けば、兵士は低い呻き声と共に通路へと転がった。意識はあるようだが、咳き込むばかりで起き上がる様子はない。同じ調子で、次々と兵士を襲撃してゆく。


 時折、自分で躱すよりも先に、青い障壁が現れて炎魔法を防いでくれているのが見えた。その様子を何度か確認したリューズナードは、いくらか火力の弱まった炎の壁を見据えると、意を決して壁の中へ飛び込んだ。


 水属性を帯びた障壁が、その身に触れた灼熱を片っ端から溶かしてゆく。バチバチ、ジュウゥ……! と激しい音は聴こえるものの、熱源がリューズナードの肌へ届くことはない。無傷のまま、炎の中を直進できている。守られている、と強く実感した。


 炎の国(ルベライト)へ来てからというもの、リューズナードはロレッタに、「俺を守れ」だとか、「攻撃に手を貸せ」だとか、「道を切り開け」だとか、そんなことを頼んだ覚えは微塵もない。ただ、「自分の身を守ってくれ」と、それだけを何度も繰り返し伝え続けたつもりだった。彼女がそれを本気で実行してくれていれば、その辺の兵士に(おく)れを取るはずなんてないのだから。


 しかし、ロレッタは攫われてしまった。自分の意思で守りを解いた証だ。どうして伝わらなかったのかがさっぱり分からなくて、ひたすらに自責と不安が降り募ってゆく。


 炎の壁をすり抜けたリューズナードは、その足で王宮の玄関扉をも蹴破り、中へと押し入った。本来は引いて開けるタイプの両開きドアだった気もするが、知ったことではない。


 だだっ広い廊下、清潔感のある壁と天井、薄っすら赤い石材の床、魔力を源に輝くウォールランプ。脳裏に焼き付く七年前の記憶と、寸分違わぬ光景だ。忌々しいほど変わっていないそれらに、吐き気がする。


 喉元までせり上がって来た嫌悪感を唾液で無理やり飲み下し、力強く廊下を駆けた。ロレッタを助ける。原石の村(ジェムストーン)を守る。それ以外の思考は意識的に排除した。そうでもしないと、立っていることすらできなくなりそうだった。止まるな、振り向くな、余計なことは考えるな、と必死に自分へ言い聞かせながらひた走る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ