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Gemstone  作者: 粂原
第7章 王子と王女
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第51話

 研究施設を後にしてから、数十分。辺りはすっかり暗くなった。原石の村(ジェムストーン)であれば、とうに屋外での活動を切り上げている時間帯だ。一寸先も見渡せないし、足元の段差や泥濘(ぬかるみ)にさえ気付けない恐れがある。


 一方、原石の村(ジェムストーン)よりも文明レベルが各段に進んでいる魔法国家の都市は、夜の帳が下りても尚、明るい。メッキや塗料を施された鋼の支柱の先に魔力の明かりを灯した街路灯が、闇夜に沈む街を淡く照らし出している。おかげで人や乗り物の往来も全くないわけではない為、ロレッタたちは依然として路地裏を活用しながら移動しているのだった。


 目的地が近付くにつれ、人の気配はしなくなっていった。人だけではない。乗り物の音も、一般人が自由に出入りできるのであろう建物の姿も、段々と消えてゆく。身を隠せる場所も少なくなってきた中、闇の奥にひと際大きな洋館のシルエットが浮かんできた。


 館の外観は、街で見かけた市庁舎などと似ているように見える。やや(だいだい)がかった明るい色の外壁に、赤みの強い暖色を宿した屋根が被せられた装い。四角い窓が規則的に埋め込まれており、内側の明かりが薄っすら漏れている箇所もある。規模感を除けば市街にも自然と溶け込めそうなデザインの建造物だ。そう、規模感を除けば。


 先の研究施設もかなりの敷地面積を誇っていたが、件の洋館はその規模すらも凌駕していた。漆黒のフェンスで囲われた広大な敷地には、館の他に大層立派な庭園やガゼボも設えてある。暗がりで細部までは見通せないが、それでも手入れが行き届いていることだけは感じ取れた。


 そんな敷地の中心に構えられた洋館は、横幅も奥行きも相当のもののようである。正面から見ても圧倒される迫力だが、中はさらに壮観な光景が広がっていることが容易に想像できる。自分の生家とどちらが立派だろうか、などとぼんやり考えてしまった。


「着いた。炎の国(ルベライト)の王宮だ」


「は、はい……」


 離れた物陰に身を潜め、息を整えるロレッタ。隣のリューズナードは、警戒心と不快感をふんだんに蓄えた瞳で洋館もとい王宮を睨んでいた。声音も未だ刺々しいままである。あからさまな不機嫌が自分に向けられた感情ではないのだと分かっていても、少し怖い。彼にとっては良くない思い出ばかりが詰まった場所なので、仕方がないのかもしれないが。


 敷地の入り口付近には、当然ながら見張りが居る。しかも、研究施設の襲撃や国王陛下への犯行声明を受けた影響か、かなりの人数で厳戒態勢を敷いているようだ。ランタン代わりの火の玉が、フェンスを取り囲むように浮かんでいる。闇夜に乗じてこっそり侵入する、というのは難しそうである。


 正面突破となると、リューズナードはまた、見境なく敵陣へ突っ込んで暴れ回るような真似をするのだろうか。一度そうなってしまったら、ロレッタに力ずくで止めることはできない。せめて彼が傷を負わなくて済むようにと、ロレッタは彼の名前を呼んで気を引いた。


「なんだ」


「リューズナードさんは、『魔法を身に纏う』という行為に抵抗はありますか?」


「魔法を、纏う……?」


 眉間に皺を寄せるリューズナードに、しっかり首肯して返す。


「はい。正確には、私が作った球状の障壁を、絶えずリューズナードさんの周囲に展開させ続けるのです。ここへ来てから何度も使用したので、障壁を張ることには私自身もそれなりに慣れました。現在の練度であれば、可能だと思います」


 この国の王子の蘇生魔法のように、特定の条件下で発動するといった命令を組み込むことまではできないが、一度創り出した障壁を常時発動させっ放しにしておくくらいなら、自分にもできそうだと思った。魔力量だけは人並み以上にあるのだ。たとえ自分の守りが疎かになったとしても、彼のことは守り通したい。「自分を守れ」と怒られそうなので口には出さないけれど。


 ただ、魔法によって虐げられてきた人間にとって、魔法を身に纏うというのは、不快に感じるものなのだろうか。魔法が使えるロレッタには汲み取りきれない。自己満足の為に彼の心を傷付けることになりはしないか、それだけが心配で、緊張しながら返答を待つ。


 リューズナードはしばらく黙っていたが、やがて、ふと眉間の皺が取れた。


「……他の奴なら絶対に嫌だが、お前の魔法なら平気だ」


「! 本当ですか……?」


「ああ。お前の魔法は、非人(おれたち)を傷付けない。それでお前が少しでも安心するなら、やってくれ」


「はい! それでは、始めますね」


 こんなにも真っ直ぐ信頼してもらえるようになったことが嬉しくて、心が温まるのを感じる。その信頼に応えるべく、力を込めて両手のひらをリューズナードへ向けた。


 ロレッタの手元が青く輝く。ほんの僅かに、リューズナードの肩が跳ねた。自身へ向けられた魔力の光に、反射で回避行動を取ろうとしたのだろう。しかし、彼はその場から動かなかった。ロレッタを信じてくれている証だ。


 なるべく迅速に済ませたいところなのに、しかし何故だか上手くいかなかった。彼だけを的確に包み込むことができずに、まごつく。自分を中心に据えて展開させるのと、他者を中心に据えて展開させるのとでは、どこか感覚が違うらしい。なかなか思ったような形や強度に成ってくれない。


 あまり時間をかけていると、見張りの兵士たちに気付かれてしまう恐れもある。どうしたものかと考えた末、ロレッタは一度、魔力の放出を中断した。


「申し訳ありません。少々、やり方を変えさせていただきますね。失礼致します」


「?」


 不思議そうにしているリューズナードの元へ歩み寄り、自分の両手を彼の心臓よりも少し下の辺りにペタリと乗せる。続けて、手の甲に額をコツンと当てて目を閉じた。


「!?」


 先ほどよりも大袈裟に、彼の肩が跳ねた。どう足掻いても避けられないこの距離で魔法を放たれるのは、さすがに怖いのかもしれない。手早く済ませなければと、ロレッタは魔力の放出を再開した。


 自分を中心にして、球状の障壁を創り出す。研究施設で散々繰り返してきた工程だ。自分とリューズナードとの距離をほとんど無くした今は、彼も一緒に球体の中心に居ることになるので、これまでと同じ感覚で難なく包み込める。


 そうして安定した形の壁を創り出すと、今度はそれを少しずつ縮小させていった。彼の回りだけを囲うように圧縮してゆく。表面積が小さくなる分、密度を高めて、より強固に。何者からも彼を守れる堅牢な盾となるように。ありったけの想いと魔力を注ぎ込む。


 やがて、ロレッタは徐に体を離した。傍目には何も映らないが、ロレッタが魔力を纏わせた手で触れようとすると、彼に届く直前、その手が可視化された半透明の青い壁に阻まれる。上手く障壁で包むことができたらしい。


 これが、今の自分にできる精一杯だ。ふう、と息を吐き、満足して顔を上げれば、リューズナードは首だけを思い切り曲げて明後日の方向を向いていた。


「ええと、完了致しました。お手間を取らせてしまい申し訳ありません。……あの、リューズナードさん?」


「………………アリガトウ」


 不自然な片言でそう告げた彼からは、数分前までの不機嫌な様子は一切見受けられない。ただ、暗闇でも分かるほど赤い顔をしていた。

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