表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Gemstone  作者: 粂原
第5章 防衛戦
123/159

第41話

 自分の呼吸が停止したような心地がした。もっと詳しく聞くべきなのに、言葉が出ない。


 リューズナードがみるみる険しい顔になっていく。


「……おい、なんだそれは」


「そのままです! 開発した兵器の感染範囲や人体への毒性を検証する為に、適度に人が固まっているあの集落へ散布する計画が進んでいます……っ」


 村へ毒を散布する。七年前、炎の国(ルベライト)でたくさんの命を奪った惨劇が、今度は原石の村(ジェムストーン)で繰り広げられる。炎の国(ルベライト)には大陸屈指の医療技術があったから対処できたが、原石の村(ジェムストーン)にはそんなもの、期待できない。きっと、誰も助からない。


 今ここでちまちまと機材を破壊することが、果たしてどれだけの妨害効果を発揮してくれるだろう。フェリクスが国を出た時点で、兵器は完成が見えている段階だったはず。検証とやらに移行するまで、もう幾ばくの猶予もないのかもしれない。


 そこまで考えた時、ロレッタの脳裏に最悪の絵図が浮かび上がった。


(検証が完了したとして、その兵器は何に使うというの? 軍事兵器なのだから、戦争に利用するのよね? ……今、炎の国(ルベライト)と戦争をしているのは……!)


 真っ先に原石の村(ジェムストーン)が巻き込まれ、その次に兵器の餌食となるのは、水の国(アクアマリン)なのではないか。戦争を仕掛けて国全体を疲弊させ、立て直す前に猛毒で追い討ちをかけるつもりなのではないか。家族も、兵士も、国民も、誰一人として助からないのではないか。


 ロレッタの大切な人たちが、皆、居なくなってしまうのではないか。


「……あ、あの……シルヴィアさ――」


 考え得る最悪を否定してほしくて、カラカラの喉から言葉を絞り出す。しかし、その声は、廊下から聴こえてくる複数の足音と、扉のセキュリティが解除される音に掻き消された。


「侵入者三名と、研究員一名を捕捉! 人質に取られているのか……?」


「侵入者の一人はリューズナード・ハイジックで間違いない。もう一人は水の国(アクアマリン)の人間だ。陛下へ報告しろ!」


 赤い装束を纏った騎士団の男たちが姿を現す。気付けば、リューズナードも刀を抜いて臨戦態勢に入っていた。研究室の出入口は一ヶ所しかない上に、セキュリティを突破しないと扉を開閉できないので、大人数で一気に雪崩れ込んでくることはない。視認できる範囲だと敵は五人だが、部屋の外にも待機しているのだろう。


 兵士たちの手が、一斉に赤い輝きを纏い始める。しかし、魔法が放たれるよりも、リューズナードが動き出すほうが早かった。


「燃えると困るものが、ここには山ほどあるんじゃないのか!」


「!」


 最前線に居た兵士の心に、躊躇いが生じた。侵入者を排除できたとして、この研究室を使用不能にしてしまったのでは、国の損害は計り知れない。手元の光が小さくなっていく。


「馬鹿者! 迷うな!!」


 他の兵士が叫んだが、もう遅い。瞬く間に距離を詰めたリューズナードが、鋼の刃を左一文字に躊躇なく振り抜いた。兵士の両足に深い傷が入り、勢いよく鮮血が溢れ出す。


 よろめく兵士を蹴り倒せば、その奥から控えていた別の兵士たちが炎魔法を放ってくる。研究室の保全よりも、侵入者の討伐を優先したようだ。小さく圧縮された火炎弾が、リューズナード目掛けて次々に飛んで行った。


 突如始まった戦闘に、シルヴィアが悲鳴を上げる。その声で我に返ったロレッタは、慌てて魔力を練り上げた。先ほどの失敗を反省し、全てを無差別に飲み込むのではなく、必要最低限の範囲に収めることを意識する。


 頭の中でミランダが使っていた魔法を思い浮かべ、形を真似て水の矢じりを射出した。姉と同じだけの精度で標的を捉えることはできないものの、それを補うべく、とにかく数を撃つ。


 横殴りに飛来する無数の矢じりが、火炎弾を貫いた。魔力同士がぶつかり合い、やがてジュウッ、と音を立てて霧散していく。人には当てないように、ただそれだけを気を付けながら、ロレッタはひたすら兵士たちの魔法を無力化していった。


 軌道を変えることも、立ち止まることもなく突き進み、リューズナードが兵士たちの元へ到達する。魔法で近接武器を生成しようとする動きも見えたが、関係ない。それよりも早く、彼の愛刀が兵士たちを捻じ伏せ、意識を奪っていった。


 小さく息を吐いてから、リューズナードがロレッタのほうを振り向く。


「ありがとう、助かった」


「は、はい……」


 ロレッタの心臓は、バクバクと強く跳ねている。魔法の制御と彼のサポートは上手くいったようだが、やはり戦闘の恐怖や緊張感には慣れないし、慣れたいとも思わない。


「今の戦闘でも、いくらか器具が壊れた。これだけ壊せば、ひとまず良いだろう。国王にも報告すると言っていたし、もうここでの目的は果たせた。外へ出るぞ」


「外へ出て……それから、どうするんですか?」


 刀を振って付着した血液を払い落としているリューズナードに、フェリクスが尋ねた。


 当初の予定では、研究施設と騎士団に被害を与えた後、シルヴィアの母親を連れて炎の国(ルベライト)を脱出。原石の村(ジェムストーン)へと帰還する算段だった。しかし、原石の村(ジェムストーン)が兵器の臨床実験に巻き込まれる可能性がある以上、そこはもう安全な場所とは言えない。住人たちへ危機を報せる為にも一度戻るべきではあるのだが、その後はどうすれば良いのだろう。現在の村を捨て、皆でどこかへ移住しなければならないのだろうか。


 リューズナードの目が、鋭く細められた。


「……炎の国(ルベライト)の軍事を取り仕切る最高責任者は、国王のツェーザル・バッハシュタインだな?」


「え、あ、はい。そうですけど……?」


 シルヴィアが恐る恐る肯定する。最高責任者ということは、つまり兵器の実験に関する指示を出せる権限を国王が持っている、ということなのだろう。


「分かった。……お前たちは、先にシルヴィアの自宅へ戻って、国を出る支度をしていろ。後で追いつく」


「後で……? あの、リューズナードさんは、どちらへ……?」


 嫌な胸騒ぎがして、縋るようにリューズナードを見詰めるロレッタ。彼は、仲間たちやロレッタには決して向けない表情で、床を睨んでいた。


「決まっているだろう。ふざけた指示が出せないよう、国王の首を跳ね飛ばしてくる」


「「ええ!?」」


 ロレッタの驚嘆に、シルヴィアの声も重なる。国王の首が物理的に飛べば、国がどれだけの錯乱状態に陥るのか、もはや想像もつかない。


 フェリクスが、どこか期待を孕んだ声で言う。


「それは……炎の国(ルベライト)への復讐に協力してくれるってことですか?」


「違う。俺はこの国がどうなろうと知ったことじゃない。だが、村の奴らに危険が迫っているのなら、排除しなければならない。これは個人的な復讐なんかじゃなく、仲間たちを守る為の防衛戦だ」


 怒りの滲む声音でそう告げたリューズナードに、ロレッタは一抹の不安を覚えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ