第40話
そのまま駆け寄って来るフェリクスに、シルヴィアと呼ばれた女性が掴み掛かりそうな勢いで問いかける。
「フェリクス!? あんた、なんでこんな所に居るのよ!? 今頃はもう、国を出ていないとおかしいでしょう!」
「ああ、えっと……それなんだけどさ。なんて言うか、ちょっと作戦の順番を変えたいんだ」
「はあ!?」
周囲に人が居ないこともあってか、遠慮のない声量でフェリクスへと詰め寄るシルヴィア。想像していたよりもだいぶ、気の強い女性のようである。大きな声に驚いたロレッタは、思わず隣に立つリューズナードの服の裾を掴んだ。
「本当は、炎の国を混乱させてから皆で脱出する予定だったけど、やっぱり先に脱出してほしいんだ。お母さんにも話してきたし、協力してくれる人たちも連れて来たから!」
「何言ってんの? 協力って……」
シルヴィアの視線が、ロレッタたちを捉える。ひとまず、軽く会釈をしてみたものの、訝し気に眉を顰められただけだった。
それまで黙っていたリューズナードが口を挟む。
「細かい話は後で聞いてくれ。俺たちは、ここで進めている軍事兵器の開発を続行不能にしたい。どれを壊せば続けられなくなるのか教えてほしい」
「はい……?」
フェリクスからも、リューズナードからもわけの分からない情報を与えられ、シルヴィアが混乱しているのが見て取れる。
リューズナードの発言は、明らかに炎の国へ敵対する意思を示すものである。正しく伝われば利害の一致による協力関係を結べそうだが、初対面の人間がいきなり信用される可能性は低い。
シルヴィアが不安気にフェリクスを見る。フェリクスは、彼女を安心させるように頷いた。
「大丈夫。この人たちは信用できるよ」
その言葉に、ロレッタは密かに驚いた。フェリクスが「この人」ではなく「この人たち」という言い方をしたからだ。
魔法が使える人間に単独で対抗できるリューズナードを慕っているのは、日々の様子からも伝わってきていた。しかし今、彼が思う「信用できる人間の枠」の中には、確かにロレッタも含まれていたのだ。村での対話や今回の旅路を経て、何か心境の変化があったのだろうか。
シルヴィアが再びリューズナードへと視線を向け、恐る恐る口を開いた。
「……ここにある物は、どれも無くなったら困ります」
「そうか。それなら、全部壊せば良いな」
「あ、あの! でも、薬品の入った瓶やボトルは壊さないでください。人体に有害なものも多いので、下手に漏出すると危険です」
「分かった」
短く答えると、リューズナードは近くのデスクに歩み寄り、機材の一つを持ち上げて床へと叩き付けた。ガシャン! と派手な音を響かせながら、細かい部品があちらこちらへ飛び散っていく。トドメとばかりに本体を踏み付け、彼はまた違う器具を手に取った。
室内には、大なり小なりの器具や機材が数十基はある。一つ一つを手作業で破壊するのは時間がかかりそうだ。少しでも力になりたいと、ロレッタは比較的大掛かりな機材の前に立った。無機質なそれに両手を翳して、加減しながら水魔法を流し込む。あっという間に精密機械の内部が浸水し、やがてショートしたのか煙を上げた。
「え、水魔法……!?」
ロレッタの魔法を見て、シルヴィアが目を丸くする。フェリクスが慌てて説明した。
「あ、うん。ロレッタさんは、水の国の人なんだ。魔法も使える」
「……魔法国家の人間が、なんであんたに協力するのよ?」
「えっと、俺も事情を全部知ってるわけじゃないんだけど、ロレッタさんは、今は原石の村に住んでるんだ。リューズナードさんの奥さんなんだって」
「ああ、それじゃあ、あっちの大きい人がリューズナードさんなのね。結婚してたんだ……。原石の村って、何?」
「非人の村の名前。住人の皆さんは、そう呼んでるみたい」
「……! 非人の村……?」
ロレッタが二つ目の機材を浸水させた時、シルヴィアが血相を変えて叫んだ。
「あの! リューズナードさん、ロレッタさん!!」
「は、はい!?」
「なんだ」
ロレッタは大きな声に肩を跳ねさせた。リューズナードは全く動じず、淡々と備品を破壊し続けている。
「お二人とも、非人の村の方なんですよね!?」
「その名で呼ぶな。俺たちの村の名前は――」
「今すぐ、逃げてください!」
「……あ?」
リューズナードが手を止めて振り向く。その視線の先に居るシルヴィアは、ひどく焦燥した様子だった。なんだか不穏な空気を感じて、ロレッタは小さく息を呑む。
しん……と静まり返った室内に、シルヴィアの悲痛な訴えが響いた。
「国王が、開発中の兵器の臨床実験に非人の村を使う、と言っているんです! 完成した毒の効果を確かめる為に、村へ散布させる気なの!!」