第39話
倒れた兵士の装束を漁り、何かを剥ぎ取ってから彼が戻って来る。まだどこか茫然としているロレッタを見ると、少し心配そうな表情になった。
「……ロレッタさん、戦力になれるって言ってたの、本当だったんですね。しかも、騎士団の連中を三人も……すごい……!」
フェリクスがキラキラした目で言う。ロレッタは、咄嗟に返事ができなかった。
すごいのだろうか。他者の魔法を掻き消し、人間を軽々と押し流し、その命を難なく奪いかけたこの力は、自分の行いは、本当に賞賛されて然るべきものなのだろうか。
二人を守るのなら、襲い来る敵の魔法を弾くだけで十分だったはず。しかし、ロレッタは何も考えずに魔力を解き放ち、押し返してしまった。あれはもう、防御ではなく攻撃だ。自らの手で人を殺めかけた。自責の念が渦を巻く。
「ロレッタ」
「! は、はい……」
「お前は何も間違えていないし、誰も傷付けてはいない。あいつらが倒れているのは、俺が手を下したからだ。お前は俺たちを守ってくれた。ありがとう。次は俺が守るから、後ろに居てくれ」
「…………」
とても優しく、遠回しに、「邪魔だから下がれ」と言われているのだろう。当然だ。自らを制御できない爆薬など、要らない。戦線に無用な混乱を招く。
けれど、ここで大人しく引き下がってしまったら、これまでと何も変わらない。役に立たない引き籠り王女のままだ。
(しっかりしなさい、ロレッタ。貴女は守られる為ではなく、守る為にここへ来たのでしょう……!)
ロレッタは必死に自分を奮い立たせ、しっかりとリューズナードの目を見て応えた。
「……はい。出過ぎた真似はせず、後方で守りを固めることに専念致します」
リューズナードはまだ何か言いたげな様子だったが、ロレッタに引き下がる意思がないのを汲み取ったのか、最後には「……頼んだ」と折れてくれた。
「それよりも、これ、起動させてくれないか」
そう言って、彼が小さな機械を差し出してくる。小さく見えるのは彼の手が大きいからであって、その上に乗っているのはごく一般的なサイズの無線機だった。今しがた、兵士から剥ぎ取った戦利品らしい。
「こちらは……」
「煙を上げてはいないから、たぶんまだ使える。国王や王宮の警備兵へ繋がれば話が早いが、そうでなくとも、とにかく増援を呼ばせたい」
「承知致しました」
大きな手から無線機を受け取り、魔力を注ぐ。そうしてランプが点灯したのを確認してから、マイクやスピーカーが付いている面をリューズナードのほうへ向けた。
間もなく、スピーカーから男性の声が聞こえてくる。
『――こちら、警備隊。そっちの様子はどうだ?』
「今、どこに居る?」
『は? 王宮に決まってるだろ』
「王宮か。丁度良い」
『……誰だ、お前』
「国王に伝えろ。この施設を制圧したら、その足で国王の首を獲りに行く。主力の抜けた騎士団なんて、俺の敵じゃない。七年前と同じだ。水の国への侵攻と自分の命、どちらが大事かよく考ることだな」
『七年前……? …………! お前、ハイジックか!? なんで今さら……!』
相手はまだ何か喋っていたものの、リューズナードが無線機から身を離したので、ロレッタも魔力の供給を止めた。ランプが消灯し、音声もプツリと途切れる。
彼は国を捨てる際、王宮に居た騎士団の面々をたった一人で退けている。当時も、主力部隊には遠征の指示が出ていたと聞いた。その指示を無視して妹の為に奔走した結果、残留していた騎士団との乱闘へと繋がったのである。当時を知る者たちに対しては、十分な脅しとなるだろう。
「もう完全にテロリストの発言じゃないですか……」
「うるさい。行くぞ」
「はーい」
リューズナードが走り出し、フェリクスが疲労の残る足でよろよろついて行く。役目を終えた無線機を廊下の端に置いて、ロレッタも彼らの後を追った。
廊下の終着点には、他の部屋とは明らかに造りの違う分厚い扉が聳え立っていた。部屋の役割を示す表札も、ここだけは掲げられていない。なんだか怪しげな雰囲気が漂っている。
扉の横には、やはりカードリーダーが設置されていたが、衛兵の持っていた入館証では何度試してもエラーが出てしまう。施設関係者の中でも一部の人間しか立ち入れないようだ。
リューズナードが、ロレッタに別の入館証を差し出してきた。曰く、先ほどの兵士から無線機と共に剥ぎ取った物らしい。背後から追って来る形ではなく、進行方向からやって来たということは、あの兵士たちは施設に常駐していて、かつ国にとっても重要なこの部屋を守っている戦力だったのではないか、との見解である。
一般の衛兵では立ち入れなくとも、騎士団の人間ならば許可されているかもしれない。その可能性に懸けて入館証を翳すと、扉の上のランプが緑色に点灯し、扉が開いていった。
室内は、いかにも研究室然とした様相だった。壁も床も天井も、見たことのない建材が使用されている。薬剤に耐性がある素材なのだろう。豪華絢爛な王宮とはまた違う、潔癖で整然とした空間が広がっていた。
壁一面に大きな棚が設置されており、ラベルの貼られた薬剤のボトルが数えきれないほど収納されている。部屋の内部にはデスクが立ち並び、研究に使用するたくさんの器具や機材を乗せていた。名称も用途もさっぱり分からないけれど、きっとこれら全てが、医療大国たる炎の国の礎なのだ。水の国でこのような施設は見たことがない。
二人に続いて研究室へ入ると、隅のほうからガタリ、と物音がした。研究員たちが身を寄せ合って自衛していたらしい。皆一様に、こちらを見て真っ青な顔をしている。
「お前らに用はない。逃げたい奴は勝手に逃げろ。引き留めはしない」
リューズナードがそう告げると、怯えていた研究員たちが一人、また一人と移動を始め、最後には一目散に部屋を出て行った。横を通り過ぎて行く研究員たちに、リューズナードは見向きもしない。あくまで目的は施設の壊滅であって、人的被害を出すことではないのだ。
あっという間に研究員たちは立ち去った。しかし、一人だけこの場に留まる女性が居た。ロレッタと変わらないくらいの年齢だろうか。こちらを見て真っ青、ではなく、ポカンとした表情を浮かべている。
そんな彼女の名前を、フェリクスが呼んだ。
「シルヴィア!!」