第11話
しん……と、辺りが静まり返る。
「おいネイキス、待て……!」
「……結、婚?」
サラが呆けた様子で繰り返した。丸く大きく見開いた目をネイキスへ向けている。
「うん。結婚してください、って、言ってた」
「……誰が?」
「リューが」
「誰に?」
「ロレッタお姉ちゃんに」
「………………………………」
永遠にも感じられるような沈黙。そして、
「「はあぁ~~~!!!???」」
直接話をしていたサラではなく、周りで聞き耳を立てていた住人たちから、一斉に驚愕の声が上がった。ロレッタは驚いて肩を跳ね上げる。ほとんど同じタイミングでリューズナードも肩を跳ね上げていた。
それぞれの仕事を放り出した住人たちが、わらわらとリューズナードを取り囲む。
「リューお前、結婚ってどういうことだよ!?」
「そんな良い相手がいたなんて、聞いてないんだけど!」
「もっと早く言っておいてくれたら、皆でお出迎えしたのに……!」
「ネイキス助けに行ったついでに、嫁さんも連れ帰ったのか!?」
「いや、違っ……う、のか? ??? ……違わない、のかも、しれないが、そうじゃなくてだな……!」
(リューズナードさんが、混乱している……)
この婚姻には、決して明るくはない諸々の事情が複雑に絡んでいる。ただ、婚姻自体は事実なのだ。諸々の事情を全て割愛して、目の前の状況だけを捉えれば、住人たちの解釈も間違いではない。当事者の一人であるリューズナードも、どこをどう否定すれば良いのか分からなくなっているようだった。
その様子を他人事のようにぼんやりと眺めていたロレッタだったが、次第に自分の周囲にも人が集まり始めていることに気が付いてしまった。
「ええと……ロレッタちゃん、で良いのよね?」
「まあ、可愛らしくて品の良さそうなお嬢さんじゃない!」
「あら? でも、服も靴もずいぶん汚れているわね。うちに女の子の着られる服が余っているから、すぐ持って来るわ!」
「リューの奴、女の子の扱いなんか絶対知らねえから、嫌なことがあったら俺たちに言いな!」
「あ、あの、いえ……はい……」
王宮暮らしではおよそ出会わないであろう活気溢れる人々を前に、ロレッタも思わずたじろぐ。とても真相を言い出せる雰囲気ではない。皆が心からリューズナードの婚姻を喜んでいるのが伝わる。
「いやあ、それにしても、リューが結婚するなんてなあ! いつも皆の為に働き続けているような奴が、ようやく自分の幸せを考えられるようになったんだな!」
誰かが放ったこの言葉が、ロレッタの胸を深く抉った。この婚姻は、言うなれば政略結婚の一種。そこにリューズナードの幸せはない。王宮で誓いの言葉を吐かされた際、ロレッタへ向けていたあの目こそ、彼の心そのものだ。
ロレッタは、どんどん盛り上がっていく住人たちの輪の中心にいながら、自分だけが喧騒からポツリと取り残されたような、言い知れない不安に襲われた。




