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Gemstone  作者: 粂原
第5章 防衛戦
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第35話

 フェリクスによると、シルヴィアの母親は、原石の村(ジェムストーン)の存在自体は知っていた、とのことである。移住できるならしたい。けれど、その為にシルヴィアやフェリクスに迷惑がかかるなら、今のままで良い。そう言っていたそうだ。


 シルヴィアの母親には、フェリクスたちが企てていた復讐や、今回の研究施設への襲撃については話していないらしい。確実に反対されるし、多大な心労もかけてしまうからだとフェリクスは言うが、何も聞かされないのだって、それはそれで不安なのではないかとロレッタは思う。リューズナードが結婚に至るまでの経緯をサラへ説明しようとしなかったのと、似たような感覚なのだろうか。あまり共感できそうになかった。


 タオルと空になったカップを返却したロレッタたちは、再び石畳の上を駆け出した。目指すは王都の中心街。王宮からもそれほど離れていない地点に構えられた、医療科学研究開発機構の本部である。


 体感で一、二時間ほど走ったところで、目的の施設が見えた。王宮には及ばないものの、ここに来るまでに見たどの施設よりも広大な敷地面積が確保され、その中にいくつかの棟が連なりそびえ立っている。白一色の外壁が物々しい雰囲気を醸し出しており、一般人の立ち入りを拒絶しているように感じた。


 敷地の入り口には、二名の警備が配置されている。赤い装束を纏っていないので、騎士団ではなく民間警備を担う衛兵だろうとのことだ。何か大きな問題が起きた場合を想定し、騎士団へ通報する手段は持っているはずなので、まずはあの衛兵たちを相手に騒ぎを起こす段取りとなった。


 物陰に身を(ひそ)め、研究施設をじっと見詰める。疲労と緊張から、ロレッタの心臓はずっと忙しない鼓動を刻んでいた。すぐ横に居る二人の声も、どこか遠く聴こえてしまう。


「お前、この施設の構造や仲間の居場所は知っているのか?」


「いえ、俺が中に入る必要はなかったので、全然知らないです。初めて来ました」


「そうか。それなら、関係者に情報を吐かせるのが早いな。衛兵は口を割らないだろうから、施設に出入りしている研究者を脅すか」


「怖……」


「手段を選んでいる余裕はない。……ロレッタ」


「は、はい! なんでしょう!?」


 大袈裟に肩を跳ねさせたロレッタを見て、リューズナードが心配そうな顔をする。


「本当に平気か? ここで待っていても良いんだぞ」


「い、いえ、問題ありません!」


「……そうか。ひとまず、信じるぞ。それで、お前は確か、魔法で障壁を張るようなことができたと思うんだが、間違いないか?」


「障壁……はい。近いことはできるかと思います」


 恐らく、水の国(アクアマリン)の王宮で、父であるグレイグが謁見の間を丸ごと水に沈めた時のことを言っているのだろう。あの時ロレッタは、魔力を自分とリューズナードの周囲に放出し、グレイグの魔力を相殺した。相手の魔力に自分の魔力をぶつけて消滅させるという、魔法を使った戦いにおける最も基本的な防御手段だ。


 まだまだ練度が足りず、障壁と呼ぶにはお粗末な出来だったものの、魔力量だけは桁外れなので、並の攻撃ならば問題なく防げるはずである。


「分かった。じゃあ、戦闘になったらすぐに障壁を張って、自分とフェリクスを守っていてくれ。敵は俺が倒す」


「承知致しました。……あの、お邪魔になってはいけないので、なるべく不要な手出しはしないよう心掛けますが……本当に危険な時には、貴方の背中も守らせてください」


「! ……ああ、頼んだ」


「はい」


 命を奪う為ではなく、守る為であれば、膨大な魔力を振りかざすことにも強い抵抗は感じない。自分にできる精一杯の戦いをしようと心に誓う。


「準備は良いな? ……行くぞ!」


 先陣を切り、リューズナードが物陰から飛び出した。単身、真っ直ぐ敷地の入り口へと走って行く。


 二人の衛兵が道を遮るように立ち塞がった。やがてリューズナードに止まる気配がないことを察すると、衛兵たちはそれぞれ魔法を使う構えをとる。炎属性の魔力を帯びて、手元が赤く輝き出した。隣で怯えた声を上げたフェリクスに、ロレッタは「大丈夫ですよ」と優しく声をかける。


 向かって右側の衛兵が、炎を圧縮した火炎弾を数発、リューズナードの足元へ撃ち込んだ。ひとまず進攻を食い止めようとしたのだろうけれど、そんなものでは彼は止まらない。順に襲い来るそれらを冷静に、確実に、一発ずつ躱し、尚も自身の勢いを殺すことなく前へと突き進む。


 すかさず左側の衛兵が動いた。赤く輝く自身の手元から直接炎を放射し、標的の胴体を焼き尽くさんとしている。標的たるリューズナードは、しかしそれでも立ち止まることを選ばなかった。即座に重心を下げて炎を躱すと、そのまま潜り抜けるようにして衛兵たちの元へ迫って行く。


 次の瞬間、炎が途切れて霧散し、放射していたはずの衛兵が敷地のほうへ吹っ飛ばされていった。直前まで炎が壁となっていてロレッタたちからは見えなかったが、察するにリューズナードが衛兵の顔だか体だかを思いきり殴ったのだろう。アプローチに転がった衛兵は、気絶したのか立ち上がる気配がない。


 流れるように体の向きを変えたリューズナードが、残った衛兵の顔面に裏拳を叩き込み、倒れる前に胸倉を掴んだ。腕を高く上げ、敵の体を完全に宙へ浮かせる。衛兵は最初こそ手足をばたつかせながら藻掻いていたものの、やがて息苦しさからか抵抗する気力を失くしていったようだった。


「ぐっ……ゲホッ! な、なんなんだ、お前……騎士団を呼ぶぞ……!」


「好きなだけ呼べ」


 淡々と吐き捨てると、リューズナードは持ち上げていた衛兵の体を、敷地の内側へ投げ付けた。整備の行き届いたアプローチにまた一人、成人男性が転がされる。二人目の衛兵はなんとか意識を保っていたらしく、懐から無線機を取り出していた。本当に騎士団へ通報を入れるようだ。こちらの計画の第一段階は突破できたと言って良い。


 リューズナードが、ロレッタたちのほうを向いて小さく頷く。彼の戦いぶりに茫然としているフェリクスの背を押しながら、ロレッタもいよいよ敵地へと乗り出した。

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