第24話
反射で花束を受け取りつつも、ロレッタは食い下がった。
「で、ですが、そのようなことをしてしまっては、リューズナードさんや原石の村が報復の対象にされてしまうのでは……?」
「前にも言ったが、炎の国の兵士たちは、さほど強くない。戦った感触で言えば、水の国の奴らのほうがずっと面倒だった。炎の国からの報復も、兵士を差し向けられるくらいなら、俺一人でどうとでもなる。……ただ、人ではなく毒を送り込まれたのでは、対処のしようがない」
「毒……フェリクスさんが仰っていた、テートルッツギフトですか」
「ああ。……あれの脅威は、俺もよく知っている」
目を伏せて呟くリューズナードに、ロレッタも胸を痛めた。
大切な妹の命を奪ったウイルス兵器で、村の仲間たちの命まで奪われてしまったら、今度こそ彼はどうなるか分からない。あらゆる思考を放棄して復讐へと走るのかもしれないし、あるいはその場で自決を選ぶのかもしれない。どの道、正気でいられるとは思えなかった。
「だから、その脅威を取り除く為に、研究施設を襲撃する」
「!」
「必要な機材や資材を破壊して、研究を続行不可能にする。軍事機密を取り扱う施設だから、騒ぎを起こせば王宮騎士団の連中が出て来るはずだ。そいつらも適当に伸してやれば、国の危機だと印象付けることができるだろう」
事も無げに言ってのけるが、発想は国家転覆を目論むテロリストのそれである。しかも、彼にはそれをたった一人で実行できてしまう能力も備わっている。魔法国家が挙って懐柔しようと動くわけだ。手段はともかく、国を守る為に手を打とうとした姉の気持ちにも、ほんの少しだけ共感できた気がした。
「……炎の国への襲撃は、復讐の為ではないのですよね?」
「ああ。お前も含めた村の仲間たちの平穏を守る為に、最低限の措置を取るだけだ。そもそも、襲撃が成功したところで、俺が自分の復讐を成し遂げたことにはならないさ。例えそのまま炎の国が滅んだとしても、それで世界から差別が消えるわけでもないし、エルフ………………いや、なんでもない」
不自然に途切れた言葉の続きを想像して、勝手に悲しい気持ちになった。例え炎の国が滅んでも、彼の妹エルフリーデは戻ってこない。
ロレッタが聞いた話では、エルフリーデがテートルッツギフトに感染したのは、一連の騒動が収束する直前だった。優秀な炎の国の医療技術を以って、対処方法が確立された後のことである。医療機関できちんと治療を受けられていれば、助かった可能性は高い。
けれど、そうはならなかった。国中の医療機関に頼んで回ったが、非人だからという理由で門前払いされたと聞いている。もはや、エルフリーデは差別意識に殺されたと言っても過言ではないだろう。
そうなると、リューズナードが復讐を考えた場合の相手とは、差別を許容したこの世界そのもの、ということになりはしないだろうか。復讐の意思はないと本人は言うが、もしかしたら、単に復讐する対象を計りかねていただけなのかもしれない。
そうして、行き場のない想いを抱えて動けなくなっていたところを、仲間たちが引っ張り上げたのだ。生きる目的を、進むべき方向を、見失わないように。その優しさを理解しているから、彼もまた仲間たちを全身全霊で守ろうとする。
(今は私も、その「仲間」の一部……)
理由のこじ付けに過ぎないが、炎の国への襲撃は水の国の為でもある。それに、多くの人間の命を一気に奪えるウイルス兵器を製造できるようになってしまったら、ミランダが子供を人質に取ってリューズナードを脅したのと同じように、炎の国が村を丸ごと人質にとって彼を脅すことだって十分に考えられる。
ロレッタの大切なものと、リューズナードの大切なものを守る為の戦い。自分の中で、彼を引き留める理由が薄れていくのを感じる。けれど、一人では行かせない。いつも一人で戦おうとする彼を、ロレッタだって守りたい。
「……承知致しました。それでは、私も一緒に――」
――コン、コンッ。
木でできた簡素な玄関の扉を、控えめに叩く音が聴こえた。驚いて言葉が詰まる。対して、全く動じていない様子のリューズナードは、先んじて来訪者の気配を察していたのかもしれない。
「誰だ」
「あ……俺です、フェリクスです。リューズナードさんと話がしたくて……」
恐らく、ロレッタのせいで中断させてしまった、今朝の話の続きだ。リューズナードがロレッタのほうを見る。フェリクスを家に上げても問題ないか、確認してくれているのだろう。首肯を返せば、彼はすぐに「開いている。入れ」と声をかけた。
扉を開いて中へ入って来たフェリクスが、ロレッタを見てバツの悪そうな顔をする。しかし、特に何も言及することなく、リューズナードに指示されるまま居間に腰を下ろした。