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Gemstone  作者: 粂原
第4章 開戦
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第22話

――――――――――――――――――――



 ロレッタが布団から顔を出すと、窓から夕日が差し込んでいるのが見えた。潜っていただけのつもりだったが、数時間ばかり眠っていたらしい。病気になったわけでもないのに、怠惰な時間の過ごし方をしてしまったと反省する。


 気だるい体を起こしてみれば、枕元に見覚えのある小さな土鍋とカトラリー、そして不格好な花束が並べられていることに気付く。前者はサラたちの家で見かけたもの、後者は以前、リューズナードがくれたものである。


 土鍋の中には、まだ微かに熱の残る粥が入っていた。穀類と刻んだ野菜が柔らかく煮込まれており、なんとも食欲をそそられる。ひどく気落ちしたロレッタを気遣い、サラが作ってくれたのだろう。だとすると、隣の花束は見舞いの品だろうか。相も変わらず、贈り主が一目で分かる見映えをしている。


 ありがたさと申し訳なさを胸に、スプーンを手に取った。土鍋を足の上に乗せ、「いただきます」と小さく呟き、中身を掬って口へと運ぶ。優しい味わいと、ほんのり香る出汁の風味が広がり、ロレッタの口腔から鼻腔までを心地好く包んだ。原石の村(ジェムストーン)の郷土料理は、まるで住人たちの気性をそのまま表しているかのように、どれも素朴で温かい。


 時間をかけて全てを喉の奥へと飲み下し、ふう、と息をついた時。視界の端で、何かが光った気がした。光源は棚に収納しているポーチだ。厳密には、ポーチに入った無線機のランプが点滅している。


 土鍋とスプーンを布団の横へ置き、急いで無線機を取り出した。ランプの点滅は、信号を受信した合図である。先日、体調を崩していたらしい父から、何か火急の用だろうか。恐る恐る起動する。


「こ、こちら、ロレッタです。いかがなさいま――」


『黙って寄越しなさい、アドルフ! 私の命令が聞けないと言うの!?』


『陛下のご指示ですので、ご容赦下さい。おい、ミランダ様を御止めしろ!』


『無茶言わないでくださいよ団長!』


「……?」


 何やら、向こう側が騒がしい。機械越しなので分かりづらいが、ミランダとアドルフの声は識別できた。他の兵士も一緒に居るようだ。肝心の父の声はしないものの、これだけ騒いでいるとなると、病人である父の私室に居るわけではないのだろう。


 やがて、王宮の床を蹴る音と、いくつかの扉を開け閉めする音を挟んで、ようやく喧騒が収まった気配がした。


『――こちら、アドルフです。お騒がせしてしまい申し訳ございません、ロレッタ様』


 だいぶ疲れたようなアドルフの声がする。ミランダの元を離れ、一人になったらしい。


「い、いえ……何かありましたか?」


『先日、ロレッタ様よりご提供いただきました炎の国(ルベライト)の動向をお伝えしてからと言うもの、ミランダ様が大変お怒りでして……。軍議は滞りなく進めて下さるものの、終わり次第、ロレッタ様を呼び戻せ、リューズナード・ハイジックを殺せ、と憤慨なさっておられます』


「なるほど……」


 最後に会った日に見た、怒り狂う姉の様子が目に浮かぶ。ミランダは前にも、ロレッタを呼び戻して前線へ送り出そうとしたことがあった。通信の冒頭で「寄越しなさい」と聞こえたのも、こちら側へ直接指示と文句を伝える為に無断で無線機を使おうとしていたのだろう。


 故郷である水の国(アクアマリン)の危機ならば、力になりたいと思う気持ちはロレッタにだってある。戦いは怖いけれど、自分にもできることはあるかもしれない。


「あの……私は、そちらへ戻ったほうが良いのでしょうか?」


『いいえ、その必要はないかと。ミランダ様は呼び戻せと仰っておりますが、陛下がその指示を御止めになっておられますので』


「お父様が……?」


『はい。国を離れ、戦争の被害から逃れられる場所にいらっしゃる貴女様を、わざわざ呼び戻すことなど、陛下が是とするはずもございません。……代わりに、いざとなればご自分が前線へ出る、とも仰っておりますが』


「え……お父様がご出陣なさるのですか!? そんな、無茶です! 以前、魔法を使用した際も、とても苦しそうなご様子でしたのに……!」


 水の国(アクアマリン)の国王グレイグは、王族の中でもかなり武闘派の部類だと聞いている。ロレッタの物心がついた時にはすでに現役を退いていたが、全盛期には自ら進んで戦争の最前線に立ち、遺憾なくその武勇を揮っていたと言う。


 しかし、二週間ほど前に見たグレイグは、一度魔法を放っただけで息を切らし、自力で歩くこともできなくなっていた。水の国(アクアマリン)の技術では治療不可能な病に侵され、かれこれ十年以上が経過している今、再び前線へ出るなど無謀の極みである。しかし、


『大切な民や国土を傷付けられるほうがよほど苦しい、とのことです』


「っ…………」


『衰えがあるとは言え、陛下は我が国の最高戦力です。我々兵士が総出になっても、ミランダ様のお力添えがあっても、力尽くで御止めすることはできないでしょう。そのような事態にならぬよう、最善を尽くさせていただきます』


「……はい……」


 無線機を持つ手が震える。強く握り締めた音は、もしかしたらアドルフにも伝わってしまったかもしれない。


 ロレッタが必死に次の言葉を探していると、家屋の出入口たる引き戸がガラリと開いた。ノックも声かけもなく不躾に入って来るのは、もちろん家主だけだ。


 リューズナードと視線がかち合う。彼は何か言おうと口を開きかけたが、ロレッタが無線機を持っているのを見て、やめたようだった。


『幸い、国民の避難は間に合いそうです。ロレッタ様の迅速な情報提供のお陰でございます。防衛戦につき、多少なりとも街へ被害は出てしまうでしょうけれど、地の利はこちらにございます故、最小限で食い止めてご覧に入れましょう。ご心配には及びません。ロレッタ様も、どうかお達者で』


「はい……」


 通信を終える。休息を経て落ち着きを取り戻していた心臓が、また嫌な音を立て始めていた。無線機を片付け、布団にペタリと座り込む。

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