32:最初の生贄
「……やはり、あなただったのですね、幽霊さん」
「やはりお前が終わらせに来たか、田舎娘」
黒髪の少年はわたしの言葉をもじるように返答すると、フッと皮肉げに笑った。
「……シェリ、例の幽霊とやらがそこにいるのか……?」
困惑した表情をしたルキアン様が、横からコソコソと耳打ちしてくる。どうやらルキアン様には黒髪の少年を視ることが出来ないようだ。もちろん、少年の言葉も聞こえていないみたい。
わたしは「はい」と頷いたが、ルキアン様が少年を視ることが出来ないとなると、これからのことが不安になった。視えない相手を倒して祭壇を破壊することは、非常に難しそうだ。
「田舎娘、そやつの手を握ってやれ。そやつは私を視る適性を持たないが、力を援助する逆鱗がいるからな。触れる箇所はべつに首でも肩でもなんでもいいが、逆鱗が触れている間は私のことが視えるだろう」
「……何故、わたしたちを助けるようなことをおっしゃるのですか?」
「四の五の言わず、さっさとやれ」
腑に落ちないながらも、わたしがルキアン様の手に触れると、途端にルキアン様が「うおっ!? 急に視えるようになったぞ!? あいつだろ、祭壇に腰掛けているやつ」と言い出した。どうやら本当のことを教えてくれたらしい。
まぁ、今までも、隠し事はあっても嘘を教える人ではなかった。黒い石碑のことだって、女魔導士のお墓であることを教えてくれたのは彼だ。
……少年のしたいことが分からない。
女魔導士の跡を引き継いで、皇族を呪い続けたいのではないの?
「あなたは誰なんですか? 女魔導士の意思に賛同した、仲間の魔導士の幽霊、とかですか……?」
「幽霊、亡霊、悪霊……。私がそういった怨嗟の籠った負の存在であることは否定しない。だが、私は過去に魔導士だったことは一度もない。何者であれたこともない」
「ハハハッ。なんだか気難しい性格のようだな、幽霊よ」
「おい、貴様。現在の皇太子だろうが、私を敬わないことは許さんぞ。私はこのルェイン大帝国始祖王の、一番最初の息子だ」
つまり、この黒髪の少年は――……。
「田舎娘、私が一体誰かと尋ねたな。ハッキリと答えてやろう。我が母の仕掛けた黒魔導に閉じ込められた、最初の生贄だ。ハハハッ!!!」
黒髪の少年は両手を広げ、酷く悲痛な表情で笑った。……笑うしかないのだろう。
女魔導士の一番最初に犠牲にした赤ん坊が、この少年なのだ。
だから彼の顔つきがどこかルキアン様に似ていたのだ。紅い瞳は始祖王からの遺伝だろう。ルキアン様の瞳について、前に皇后様が祖先返りだと言っていたもの。
「さぁ、お前たち。最後の祭壇を破壊しに来たのだろう? 壊して私を解放してくれ!! そのために私と戦え!!」
「あなたも祭壇の破壊を望んでいるのに、何故戦わなくてはならないのですか!?」
「シェリの言う通りだ、女魔導士の息子よ! 戦う必要などないではないか!」
「私はそう行動することを、母から命じられている!!!」
少年は祭壇を指差した。
「正確に言えば、『母が作った黒魔導』から命じられている。作った張本人など、地獄で苦痛に喘いでいるだろうに、この黒魔導は私に命じ、私をしもべのように動かし続けてきた。この馬鹿馬鹿しい黒魔導を継続するために、私は長年生贄を調達して捧げ続けた。もう終わりにしたい、こんな呪いのために私の魂を地上に縛り付けないでくれと母を憎悪しながら、私は母の命令に逆らうことが出来ないままだった。……だが、田舎娘よ。お前が私に菓子を供え続けたから、私の負の感情が薄れ、この黒魔導の威力が落ちてきた」
「わたしがあげたおやつが……?」
「そういえば、シェリからお前が菓子泥棒だったと聞いたな。お前に対する供養の効果があったのか」
城内から出られないと言っていた彼のためにおやつを用意し続けたけれど、それがこんな効果を発揮するなんて……。
今にして思えば、城内から出られないというのも、彼がこの黒魔導の一部だったからなのだろう。
「そういうことだ。それゆえ、畜生よりも良質な生贄が新たに必要になってしまった。紅梅の大木の元で男児を攫うように指示されたが……。なんとか命令から背こうと、あの男児に餌を与えて生きながらえさせた。だが、もう限界だ」
黒髪の少年はまっすぐにルキアン様を見つめる。
「私を憐れんで倒すことを躊躇っているのなら、お門違いだぞ。長い時間をかけて生贄を捧げられ続けてきた黒魔導の一部である私は――非常に強い」
彼はそう言うと、一瞬で龍化した。
黒曜石のように黒く艶やかな鱗、ルキアン様と同じ燃えるように紅い瞳、鋭い爪に立派な牙、巨大な龍の体。とても手強そうな黒龍がそこにいた。
「……戦うしか道がないのならば、仕方があるまい。シェリ、俺の背に乗ってくれ。お前がいないと、俺はあのご先祖様が視れないからな。戦闘の最中は龍気でお前を守ろう」
「はいっ、ルキアン様!」
銀龍の姿に変化したルキアン様の背に、わたしは乗った。
――今、戦いが始まる。