30:墓の下へ
どうにか一人で立てるようになったが、ルキアン様から「またシェリがふらついたら心配だからな」と手を取られて、庭の焚火の元へと向かった。
そこではロドリーさんとクローブさんがいて、焚火にせっせと木の枝をくべている。生贄となった羊の下半身や呪符や木箱もすべて炎の中のようで、嫌な臭いが辺りに漂っていた。
人間でもきつい臭いなので、獣人であるジャスミンさんやわたしの侍女たちは宮の中に閉じ籠っているのだろう。そんな中、クローブさんだけはとても生き生きとしていて、「さぁ、ルキアン様の呪いの元よ、すべて燃えて灰になれ……!」と黒い微笑みを浮かべていた。なんだかちょっぴり怖い。
「クローブ、焚火はロドリーに任せてこちらに来い。それで、シェリ。お前がやろうとしていることを教えてくれ」
「はい、ルキアン様」
クローブさんがこちらにやって来てから、わたしは女魔導士が狂い咲きの大木の根元に生贄を捧げることで発動させている黒魔導の話をした。
最後の一つ、祭壇があると思われる女魔導士のお墓のことも。
もしかするとそこには、レイラーン嬢の弟さんがいるかもしれないということも。弟さんが生存していたとして、どのような状態かは分からない。とにかく一刻も早く助け出さなければ、と。
「……なるほど。女魔導士の呪いが黒魔導である可能性を調べていた学者は多いのだが、どうしてもその元を特定することが出来なかった。それゆえ黒魔導は呪いの可能性の一つでしかなかった。シェリは俺の逆鱗だから、俺に関する呪いの元を辿ることが出来たというわけなんだろう。……クローブ、お前は念のために衛兵たちを集めてくれ。女魔導士の墓へは、本当なら俺一人で行きたいところだが、地下牢へ繋がる扉を探すのにシェリを連れて行かなければならん」
「ふざけるな、ルキアン様。僕も付いて行くに決まっているでしょうがっ!」
クローブさんは狐耳をピンと立てて、静かな怒気を発していた。
「衛兵を集めるだけなら、ロドリーさんに書状を持たせて衛兵所へ行ってもらえばいい。そもそも、龍族であるあなたが勝てない相手ならば、精鋭を集めたところで誰も勝てません。僕は絶対にあなたに付いて行きます。あなたを苦しめ続けた祭壇をタコ殴りにしてやります! それにレイラーン嬢の弟様が無事に見つかったとして、介抱する人間も必要でしょう。僕は長年ルキアン様の看病をしてきましたから、医療に関する心得もあります。僕も一緒に連れて行ってください!!」
「クローブ……。分かった、お前も一緒に来てくれ。ずっと俺の呪いで心配と苦労を掛けたお前にも、祭壇をタコ殴りにする権利はあるだろ」
「はい。徹底的に破壊しましょう!」
意気込んだクローブさんは恐るべき速さで書状を用意し、移動のための馬も人数分連れて来ると、「さぁシェリ妃、祭壇を破壊し尽くしましょう!!」と暗黒のオーラが漂う微笑みを浮かべた。……やっぱり、なんだかちょっぴり怖いです。
でも、こんなふうにルキアン様に一生懸命に尽くすクローブさんだからこそ、一緒に来てくださるのはとても心強い。
「一緒に頑張りましょう、クローブさん!」
「ええ。シェリ妃が祭壇をタコ殴りにする部分も残しておきましょう」
「あ、はい……」
▽
三頭の馬に分かれて急いで走ってきたが、女魔導士のお墓に辿り着く頃には空はすっかり暗くなってしまっていた。暗闇に聳える巨大な黒い石碑はとても禍々しく、夜の冷えた空気も相まって、わたしの背筋をブルッと震わせた。
「寒いのか、シェリ? 俺の上着を貸そう」
「えっ、それではルキアン様が冷えてしまいます……!」
「俺は龍族だ。本来はとても頑丈な体でな。古からの強力な呪いくらいにしかやられんよ。ほら、着ておけ」
「ありがとうございます」
わたしはルキアン様の大きな上着を羽織る。ルキアン様は随分背が伸びたので、上着の裾が危うく地面に着きそうだった。
「クローブ、灯りを」
「畏まりました」
この辺りには人が住む屋敷はなく、松明も置かれていないので非常に暗い。クローブさんが松明と火点け石を用意しておいてくださって、本当に良かったわ。
クローブさんが配ってくれた松明を右手にしっかりと持ち、その灯りを頼りにお墓の周辺を探る。
わたしなら必ず魔導の痕跡を見つけられるはずだ。きっとそこから、祭壇があるはずの地下牢へ下りることが出来る。レイラーン嬢の弟さんも無事に生きていてくれるといいな……。
お墓の裏手の地面に、石で造られた蓋が見つかった。四つの狂い咲きの大木のところにあった蓋よりも何倍も大きい。
こんなに大きな石の蓋をわたしの腕力で持ち上げられるだろうか……。
わたしが不安に思ったことと同じことを、ルキアン様とクローブさんも思ったらしい。お二人は「もしかしたら、龍族の俺なら開けられるかもしれんし」「僕も結構力持ちですよ」と言いながら蓋を持ち上げることに挑戦してみたが、結局びくりともしなかった。
「これは力の問題ではありませんね」
「龍族でも駄目か……」
「わたしが頑張りますので!」
松明を一旦クローブさんに預けてから、気合を入れて、取っ手に手を掛ける。そして力を込めて持ち上げれば――……なんとか蓋をずらすことが出来た。
開いた蓋の中には、冷たい石段が地下へと続いていた。
「よし、行くか! 何かあったら俺がシェリのこともクローブのことも守ってやるからな!」
「ルキアン様は皇太子殿下です。とにかく守られていてください。僕が先頭で松明を掲げます。ルキアン様、シェリ妃、足元にはお気を付け下さい」
「しんがりはわたしが務めます! 背後から何が現れても、わたしがルキアン様とクローブさんをお守りしますので!」
「……俺よりも、従者と妃のほうが勇ましくて格好良いな??」
わたしとクローブさんはあいだにルキアン様を挟んで守りの態勢を整えると、ゆっくりと石段を降りていった。
明日、明後日は昼と夜の2話更新を行い、完結させようと思います。
ぜひ最後までお読みいただけると幸いです!




