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呪われた銀龍皇子の愛しの逆鱗妃 ~大好きなあなたには本当に好きな人と幸せになってほしいので、離縁してください!~  作者: 三日月さんかく


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28:レイラーン嬢の事情



 庭で大きな焚火を熾してくれたロドリーさんに紫雲木の宮の木箱を預け、次は白銀城の大庭園にある紅梅の古木へと向かう。

 馬に乗っている途中で、わたしの胸元から黒い靄が立ち昇っては静かに消失していくのが見えた。馬を停めて胸元の宝石を覗き込むと、もう半分以上の黒い靄が消えていた。


「あとは狂い咲きの紅梅と、女魔導士のお墓のところだけね……!」


 わたしは逸る心のままに大庭園へと向かった。





 紅梅の木の根元にあったのは子羊の下半身だった。残りは頭部だが、それはきっと黒いお墓のところにあるのだと思う。


 わたしは馬を停めた場所に戻るために、木箱を抱えながら大庭園の遊歩道を歩いていると。


「うっ、うぅぅっ、うぇぇぇーん……っ!」


 どこからか押し殺した声で泣く女性の声が聞こえてきた。

 あまりにも悲痛な泣き声に、わたしは足を止める。泣き声の主が大怪我を負って動転しているのかもしれないし、酷いいじめや暴行に遭ってしまった可能性もある。失恋や仕事のつらさで泣いているなら、ハンカチを渡して帰ろう。

 わたしはそう決めると、木箱を抱えたまま女性のほうへ向かうことにした。


「どうしたのですか? どこか、お怪我でもなさったのですか?」


 大庭園の木々の間でかくれんぼでもしているかのように、銀髪の女性がうずくまっていた。地面の上に広がった薄紫色の上等な衣装には牡丹の花の刺繍が広がり、その繊細で見事な技から、かなりの上位の貴族令嬢であることが伺い知れた。

 彼女はわたしの言葉に驚いたように肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げる。

 泣き濡れた薄紫色の瞳でこちらを見上げたのは――……。


「レイラーン嬢!?」

「ぐす……っ、ぐすん。シェリ妃殿下……」


 あまりにも予想外の相手に、わたしは驚いた。

 慌てて彼女に駆け寄り、怪我の有無や服の乱れを調べてしまったが、特に異常はないようだ。けれど、目に見えない心身の不調の可能性もあるので油断は出来ない。

 わたしはレイラーン嬢を観察しつつ、取りあえず彼女にハンカチを手渡す。


「怪我はないみたいですが、お体の調子がどこかお悪いのですか? もし、立ち上がれないのでしたら、衛兵を探してきます」

「……いいえ、体調不良ではございません。シェリ妃殿下にご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません」

「では一体何故……?」


 わたしが問いかけると、彼女は「ルキアン殿下にお力添えいただいている以上、シェリ妃殿下にもお話しなければなりませんね」と苦しげに言った。


「シェリ妃殿下に初めてお会いしたあの夜会の数週間前から、私の弟が行方不明になっているのです……」

「えぇっ!? 捜査はされているのですか!?」

「ルキアン殿下にお願いして、秘密裏に衛兵を動かしていただいております」

「そこは大々的に捜査をされてもいいのではないでしょうか? 秘密裏にする必要がどこに……?」

「お恥ずかしい話なのですが、……我が家の親族関係がゴタゴタしているからです。父が亡くなった時も、母と私と弟だけでは不安だと言って屋敷に居座ろうとして……。弟が行方不明だということを公表すれば、すぐに自分たちの子供こそが跡取りになるべきだと言って乗り込んでくるでしょう……」


 ただでさえ弟が行方不明だというのに親戚と争っていたら、レイラーン嬢の精神疲労がますます増してしまうだろう。

 わたしはふと、夜会の時のレイラーン嬢の様子を思い出す。


「……ああ。それで夜会の時にルキアン様とお二人で廊下を歩かれていたのですね。あの時のレイラーン嬢は、確かに暗い表情をされておりました」

「シェリ妃殿下に見られておりましたのね。不安を隠せなくてお恥ずかしいです……」

「いいえ。家族が行方不明だなんて、とても不安で苦しいと思います」


 キラ皇国の家族が行方不明になったとしても、もしかしたらわたしは心を動かさないかもしれない。

 けれどルキアン様や皇帝陛下や皇后様の身に何かあれば、きっと不安で居ても立っても居られなくなってしまうだろう。大々的に捜査が出来ないとなれば、逸る感情をどうすることも出来ずに、一人で隠れて泣いてしまうかもしれない。レイラーン嬢のように。


「わたしも何か捜査のお手伝いが出来るといいのですけれど……。弟さんが行方不明になった場所や時間などはわかりますか? その時、護衛の者たちは?」

「シェリ妃殿下のお優しいお気持ちだけで十分ですわ。……弟が行方不明になったのはこの城内です。弟はここの紅梅の大木が大好きで護衛を連れてよく見にきていたのですが、護衛がほんの一瞬目を離した隙に弟の姿が見えなくなってしまったそうで……。『周囲に人気はなく、争う声もまったく聞こえなかった』と聞いております」

「そうなのですね……」


 なんだか、子羊が盗まれた時と似たような状況だ。

 もし子羊よりも前にレイラーン嬢の弟さんが生贄になっていたりとか……、さすがにないと思いたいのだけれど……。

 わたしは不用意な発言をしないように口を噤んだが、自分の想像にぶるりと背中が震えた。


『それだけじゃない!! 今回は他の食料も盗まれているんだ!!』

『そうなのか? 珍しいな』


 ふいに、下働きの者たちの言葉を思い出す。

 もしもどこかで弟さんが生かされていて、そのために他の食料も盗まれたのだとしたら?

 あまりにも都合の良すぎる考えが浮かんだが、すでに生贄にされていると考えるよりマシだわ。

 そして、もし本当に生かされているのだとしたら、場所はきっと女魔導士のお墓の下だ。そこに眠る地下牢だ。


「もし何か弟さんの情報が分かったら、レイラーン嬢にすぐにお伝えします」

「ありがとうございます、シェリ妃殿下……!」


 彼女はハンカチで涙を拭うと、「シェリ妃殿下にお話を聞いていただけて、気持ちが随分楽になりましたわ」と微笑んだが、やっぱり無理をしている表情だった。

 わたしはレイラーン嬢が大庭園から去っていくのを見届けてから、銀木犀の宮へと急いで戻った。


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